もう一度叫ぶ
さっきより大きく息を吸う。
「おおーい!誰か居ないのかぁっ!!」
やはり返事は無い。
「仕方ない。とりあえず瑠璃ちゃんの眼鏡を探すか。」
「あ、私の教室は理科室の隣の1−Aですぅ〜。」
「おーし、じゃあ行くべ。」
先に行ってしまう二人を見ながら「随分賑やかだな。」と、小さな笑が思わず零れた。

ガララララララッ

教室は案の定もぬけのからだった。
瑠璃ちゃんはてふてふと自分の席に近づいていった。
「甘糟せんぱ〜い、ライターで照らしてくださ〜い。」
「あいよぉ、ちっと待ってな。」
ジッポの音が響く。


キンッ ボワッ

そこだけしかない明かり。
もう外は夕方も終わってしまいそうな雰囲気だ。
ゆらゆらと明かりが揺れる。
「あ〜。有りましたよぉ〜。」
「おっしゃ、じゃあいくかぁ。」
キンッと音が鳴って明かりが消える。

はずだった。

炎の揺らめきは亮一が照らしていた場所とは違う場所からも洩れている。

「この明かりは…隣!?」

咄嗟に教室から飛び出し、理科室の前に出た。
理科室の曇り窓からは人の大きさ程有ろうかという炎が煌々と燃えている様子が伺える。

「あ…あ、ああ…あ…あああ……あ。」
燃えているだろう人が声をあげている。
「くそっ!」
理科室の扉を開ける。
すると、燃えている者はこちらに向かって走ってきた。
「な…っ!?」
「避けろぉっ!」
「くっ…。」
叫ばれた声に自然に反応して体は炎の塊を避けていた。
その炎の塊はしばらく呻き声を上げながらのた打ち回っていたがやがて動かなくなった。

人の焼ける匂い…。

吐き気がする。

ここまで近くで嗅いだ事は無かった。

喉が灼ける。

言い様の無い酸っぱさが喉を通り過ぎていく。

「うっ…」
寸での所で堪える。
出掛かった物を飲み込む。
「んっ…ゲホッ…ゴホッ。」
「ふむ、案外肝が小さいのだな。」
口を押さえながら声のする方に目をやる。
編み上げブーツ、チノパン、綺麗にアイロン掛けのしてあるうちの初等部のワイシャツ。
そして、まだまだ幼い顔立ちの少年。
「おいおい、何だってんだ今のは?」
教室から瑠璃ちゃんを連れて亮一が出てきた。
「あ〜。これ珊瑚さんがやったの〜?」
「姉上か。如何にもコレを燃やしたのは他でも無い私だが?」

こ、この子が…珊瑚?
「お、お前が…やったのか?」
体制を整えて言う。
「くどいな。先程も申したであろう。私がやったと。」
…こいつ、何とも無いのか?
人を燃やして、否、人燃やすことに躊躇とかそう言うものは…。
「お前が、珊瑚なのか?」
「話を聞いておらぬのか…?」
キッと俺を睨む。
「…ッ!?」
なんだ?この子供に睨まれただけで何もかも見透かされた様な心地。

嘘も真も全てを見通している様な威圧…。
「そうだ。私は珊瑚。葵 珊瑚。葵 瑠璃の弟だ。」
「お、おま…」
言いかけた時

「似てねえっ!」
亮一が叫んだ。

「全っっっっっっっ然、似てねぇっ!」
ケラケラと笑い出す。
「ここまで似てねぇ、姉弟も珍しいぜ。なぁ?椿ぃ」
そう言ってまたケラケラと笑い出す。

「それは仕方が無いことだ。姉上は母上に、私は父上にまんま似てしまったのだから。
もしかすると血が混ざり合って無いのではと思うくらい私も似て無いと思うぞ。遺伝子工学もまだ未完なのかも知れぬな。」
そう言うと珊瑚は小さくクククッと笑った。
「えぇ〜。そうですかねぇ〜?私は結構似てると思うんですけどぉ〜。そんなに似てませんかねぇ〜?椿せんぱ〜い」
「え!?」
はっきり言えば全然似てない…。
例えるなら火と水、簡単に言えば夢と現実。
瑠璃ちゃんが直感で生きているなら、珊瑚は論理で生きているだろう…。

「え…まぁ、それなり?」
自分でも訳の解らない説明をする。
「ですよねぇ〜。椿せんぱいなら解ってくれると思いましたぁ〜。」
瑠璃ちゃんは瑠璃ちゃんで勝手に解釈している。
しかも良い方に…。

結果オーライ。
俺達は一先ず瑠璃ちゃんの教室で話し合う事にした。

机の上に一つアルコールランプを灯してそれを囲むように座る。
「で、珊瑚は何で居るんだ?」
「何で居るとはまた漠然とした質問だな。答えるなら、いつも通り図書室で医学書を読み耽っていた。と言った所か。」
さすがは珊瑚…。瑠璃ちゃんと同じ質問をしてもこちらの意図を読んで的確に答えてくる。
「大体、初等部は校舎が違うだろう?」
「程度が低いのだ。何が悲しくて九九等を連呼せねばならない。それなら、カオス理論を解く方が遥かに面白みがある。」
「かおすりろん?」

「原理的には確定している筈の列が全く予測不可能になる現象の事だ。予測不可能性を考察する数学理論だ。
必要と有らば説明するが?」
…。
「いや…結構です。ハイ。」
「ふむ、ノッてきたのだがな。」
珊瑚は少し不満そうに足を組み直した。
「珊瑚さんのお話は長いですよぉ〜。丸三日寝かせてもらえなかったんですからぁ〜。」
「…良かった…聞かないで。」
珊瑚以外全員が胸を撫で下ろす。
「ところで珊瑚。さっきお前が燃やしたアレなんだけど。なんだか解るか?」

「勿論だ。…と言いたい所だが、正直な所私にも解せぬ。さっきのアレは燃えてしまったからな。
生のアレがあれば中身を見る事もできるのだろうが。」
「生があればいいのか?」
「中身を見る分にはな。中身を見たところでアレを熟知できるとは思えぬが。」
「なら話は早い。早速行こう。」
「ん?」
珊瑚はキョトンとした目つきで俺を見た。
「3階に俺達が倒した生のアレがある。ついでに言うと4階にもな。」
「ほほぉ、そいつは面白い。見に行こう、姉上アルコールランプを持って参られよ。」

珊瑚の目は爛々と輝いている。
新しい玩具を見つけた子供そのものだ。
その玩具は人間に酷似したものの解体なのだが…。
三階に着くと早速珊瑚はアレの解体に取り掛かった。
遠目から見て気づいたのだがソレは名前こそ解らないがうちの高等部の3年女子だった。
珊瑚は手際よく服をカッターで切り離した。
そこでカッターをしまい何かをズボンの裾からから取り出す。

「ふむ、外観は人と変わらぬのだな。」
そう言うと取り出した物で首の下から下腹部までそして左の腹部から右の腹部まで切り込みを入れた。
珊瑚の手には…医療用のメスが握られていた。
「お前…なんでそんなもん持ってるんだよ…。」
「緊急時の為だ。そこらのヤブ医者に任せるより遥かに安全だと思うが?」
珊瑚はにべもない。
流石にそれ以上は見ていられなくなったので珊瑚が終わるまで待つ事にした。

数分後

ふぅっ、と珊瑚が立ち上がった。
「何か…解ったのか?」
「うむ、それなりに。だがな。」
「それでいい。聞かせてくれ。」
「よかろう、そこに座れ。」
全員がそこに座る。
亮一はタバコに火を点け、瑠璃ちゃんはその横に寄り添うようにして座る。
「ではまずこれを見てくれ。」
そう言うと珊瑚はグーにした手を俺達の真ん中に置いた。

「…手が、どうかしたのか?」
「…愚鈍だな。」
フンッと珊瑚が鼻を鳴らす。
「あ〜。」
瑠璃ちゃんが声をあげる。
「姉上はお気づきになったのかな?」
「はい〜。珊瑚ちゃんの手。内臓を弄くったにしては汚れてませんよねぇ〜。」
そう言われてみると確かに珊瑚の手は血痕どころか血が一滴も付いていない。
「御明察。アレの体内には血液が無かったのだ。それどころか内臓も無かった。
まるで元々存在しないかの様に空っぽだったのだ。」
「なるほど、奇妙な話だな。」

「それと後一つ。人体の内部に決して有りそうも無いものが見つかった。これだ。」
珊瑚が手を開くとそこには昆虫とも爬虫類とも取れるような生物の屍骸が乗っていた。
「こ…これは?」
「正直な所、私にも解せぬ。ただ解るのはこいつは寄生虫だ。人に寄生せねば生きられぬのだ。しかもこれは単体では動けぬ。
意味が解るか?単体では動くことは有り得ぬのだ。」
「あぁ、ってことは、アレだろ?誰かが埋めなきゃならんてことだよなぁ。」
「うむ、兄上殿はこちらより幾ばくか頭の回転が速いようだな。」
「むっ。」

「おいおい、やめろよ。…兄上だなんて。」
亮一は照れながら言った。
そっちかよ…。
「ふにゃあ〜。あにうえ〜。スリスリ♪」
「話を戻すが兄上殿の言う通りこれは誰かが埋め込んだとしか思えぬ。お主に問うが今までの4階のに居るコレも女性だったのか?」
「あぁ、確かに女だったな。コレとは多少形が異なるがな。俺が最初に見たのは口裂け女みたいな奴だった。」
「なるほどな。寄生体の能力によって形態を変えるか。有り得ぬ話ではないな。コレから察するに4階のコレも四つんばいであっただろう?」

「何で解るんだ?確かにそうだが。」
「この寄生虫、の構造からして四足歩行だと思ったのでな。これでも私は、異形に関しては知識を集めていてな。
液体の奴も、口から口が出る奴も見ているのだ。」
「テレビなんか見るのか?意外だな。」
「人が考えて創り出す物、しかしそれは決して不確実な物ではないと思えば予備知識として必要になるだろうと思ってな
。現に今、役に立っている。それらの知識から例えるとどうも前者だと思うのだが。」
「そうだな、でも口から口が出る奴は勝手に動くんじゃなかったか?」

「確かにそうなのだが手口は同じではないか?恐らくこのカーニヴォロス パラサイトワーム
勝手にそんな言葉を作ってしまうがこいつも人の内臓を食い物にしている。そして寄生体の物が
無くなれば他人のを探して回る。」
言われてみればそんな気もする。
「だが一つだけ確実な事象がある。カーニヴォロスパラサイトワームを誰かが意図的に埋めつけているという事は確実だ。」
「ふむ、珊瑚の言う通り単体で動けないなら誰かが故意に埋め込むしかないよな。」
「うむ、この埋め込んでいるモノは何をせんとしているのやら。それは神とこやつのみぞ知ると言ったところであろうな。」

そう言うと珊瑚は手に持った長ったらい名前の寄生虫を握りつぶした。
クククッと小さく笑う珊瑚の手から紅い液体が一滴、また一滴と滴り落ちていった。

「さて、そろそろ行くか。」
「そうさなぁ。いい加減、時間を食い過ぎたな。」亮一が大きく伸びをする。
「もう月明かりしかありませんね〜。わぁ、綺麗な満月ですねぇ。」
瑠璃ちゃんの言葉に異常に反応したのは意外にも珊瑚だった。
「な!?…満…月だと!?」慌てた様子で窓の外を見上げる。

漆黒の闇は星で装飾を施しながらもその中心を太陽の様に煌々と輝く月を主人公にしていた。
「ばかな…今日は7月11日…。新月だぞ!?何故満月が出ているのだ?」

異常な狼狽ぶりの珊瑚に声を掛けようとしたがその姿は半端じゃなかった。
グッと噛み締めた唇から、力強く握られた手から血がポタポタと零れ落ちている。
「お…おい!珊瑚?…珊瑚!?」
「す…すまぬ。何で…も無いのだ。」
向き直っても俯いたまま珊瑚は肩を震わせていた。

そして、ポタリとリノリウム張りの床で弾ける一粒の涙…。
その涙が意図するものは理解できない。
例えるなら今まで全てを理解してきた珊瑚が感じる初めての敗北感なのだろう。
その姿を見て瑠璃ちゃん自身も口を手で覆って驚いている。
初めて見る珊瑚の涙なのだろう。
亮一もそれを察してか瑠璃ちゃんと中二階まで下がっていった。
珊瑚の泣く姿をこれ以上瑠璃ちゃんに見せない為に。
残されたのは俺と珊瑚だけ。

しばらくそのままの状態が続く。
泣き声もあげず、ただポタポタと涙を流す珊瑚。
「なぁ、珊瑚。もうそろそろ落ち着いたか?」
「うるさい!触るな!」
「あんなぁ、こうして待ってるわけにもいかんのよ。」
「では先に行け。わたしは満月が発生している原因を突き止める。私には解らぬ事など在ってはならぬのだ。」
「珊瑚…。」
俺は珊瑚の髪の毛をくしゃくしゃにした。
「何をする!?触るなと言ったろう!」

「なぁ、珊瑚。お前幾つだっけ?」
そう言って俺は珊瑚の視線に合わせて少し屈ん
だ。
「姉上に聞いていないのか?9つだ。」
「9かぁ、俺の約半分だなぁ。」
「だからどうしたのだ。」
「お前がどういう風に育てられたのかはわからん。でもな、まだ9つだ。色んな知識を知っていようが俺より頭が良かろうがまだ9つなんだ。」
「だから…だからなんだと聞いているのだ!」
初めて珊瑚が泣き顔をみせた。
それは、なんら変哲の無い何処にでもいる9歳の些細な嫉妬の泣き顔だった。

「お前が理解できなくても、してる人は何処かに居るもんだ。お前はまだ子供だ。一人で全部解決しようなんて思うな。」
「解せぬな。何が言いたいのだ?」
「解らないかなぁ?俺はお前ほど説明が上手くないからなぁ。簡単に言えばな。解らないもんは解ってる人に聞くのが
一番手っ取り早いだろ?そう思わないか?」
「それはそうだ。だから、学術書が残っているのだ。」

「そうだなぁ。でもな、俺やお前は人間だ。人間じゃないモノの事を理解できるか?
動物が動物の生き方を本にまとめて置いてくれるか?つまりはそう言う事だ。さ、解っただろ?
これ以上解んないって言われたら俺も説明できんからなぁ。解ったんなら…ソイツに聞きに行こうぜ!」
「お主…。」
そう言ってまた俯く珊瑚。
「ありゃ…わからなかった?ん〜。」
「クククッ。ハハハハハハッ。」
「はえ?」

「お主の説明は理解に解せぬ箇所が多々ある。が、それはなんとなくではあるが解せる範囲だ。
よかろう、おぬしが言う通りにしよう。さぁ、行こうではないか。この私を悩ませるモノの下へ!」
「解ってくれたみたいだな」
ほぅと胸を撫で下ろす。
今回はいい加減自分の説明力の無さに泣きそうになった所だがどうにか伝わったらしい。
「さぁ行こうぜ。下で亮一も瑠璃ちゃんも待ってる。」
そう言ってカツカツと階段を降りる。
そこには今にも泣きそうな瑠璃ちゃんとそれを和らげようと亮一が肩を抱き寄せている。

俺らが降りてくるのに気づいて瑠璃ちゃんが顔を上げる。
「うぅ〜。珊瑚…さん?」

「ご心配かけました。姉上、兄上殿。でももう心配ございませぬ。先を急ぎましょう。」
それだけ言って珊瑚はツカツカと階段を降りていった。
瑠璃ちゃんと亮一はキョトンとして顔を見合わせる。
「椿…。どういう慰め方したんだ?」
「…よく覚えてない…。思った事を言っただけだから。」
「でもぉ、物凄い久しぶりに珊瑚さんの晴れ晴れしい顔を見たきがしますよぉ〜。」
「…まいいじゃん。それより急がないと追いつけないぜ」
「そうだな。そろそろ本気にならないとなぁ。
悠木もまだ見つかってない事だし」

「あぁ…無事だといいな。」





頼む…無事で居てくれ…。







1階に着いた。職員室が二つ、保健室、校長室、標本室、用務員詰め所。
それから下駄箱と正面玄関、裏階段とその横は部室になっている。
「さて、まずは悠木が専決だな。どうする?分かれるか?」
「そうだな。4人居る事だし。2:2で分かれよう」
「無難だな。じゃあ、誰と行くか決めてくれ。」

亮一
珊瑚
瑠璃

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