「……ん」
目覚めた。
「んっっっ!あ〜ぁ」
大きく伸びをする。
息を吐くと同時に目を開ける。
「なっ…!?」
ガタンと音を立てて立ち上がる。
辺りを見回すと。
誰も居なかった…。
「う…そ…だろ?」
窓の外を見渡すと陽は沈みかけていた。
血が音を立てて逆流する。
あり得ない。
寝てる間に誰も来なかったと言う事。
陽が沈みかけていると言うのに誰も居ないと言う事。
どちらを取ってもあり得ない。
「夢?」
そうだ。間違いない。これは夢だ。
いくらなんでも誰も居ないなんておかしすぎる。
「夏夜はっ!?」
そう叫んで夏夜の席を見ると鞄はおろか椅子が動かされた様子さえない。
今朝出会ってから数時間、もう既に陽は暮れようとしているのに夏夜がここに来た気配は無い。
呆然と立ち尽くす。
ピタ…ピタ…ピタ…
ゆったりとした間隔。裸足で歩いているかの様な音。
人が歩くには遅すぎる間隔。
渇いた様な足音。
でも聞こえるのは人のそれ…。
「だ…だれだっ!?」
音はやがて教室の戸の前で止まった。
心臓がどくんと弾む。
知らずの内に息は上がり肩で呼吸をしている。
戸を見つめながらも少しづつ後ずさりする。
何かを感じる…。
恐怖?
否、そんなはっきりしたものじゃない。
ただ、やばいと毛穴から吹き出した冷や汗が言っている。
ガラララララララッ ダンッ
戸が勢いよく開けられ壁にぶつかり戻っていく。
その間にソレはこちらに向かって跳んで来ていた。
肩を掴まれそのまま押し倒される。
ゴンッと鈍い音がして頭が弾む。
「ぐっ…」
意識が飛びそうになったがどうにか正気を保っているようだ。
頭を振って上に乗っかっているソレを確認する。
「ひ…人…女!?ぐぁっ」
掴まれている肩に激痛が走る。
そのまま肩の関節を外されてしまいそうな重圧。
とても人の、それも女の力とは思えない握力。
「くっ…」
足でソレを持ち上げて後ろに投げ飛ばす。
その反動を利用して立ち上がり走り出す。
「な…なんだよ!なんなんだよ!?あれはっ!」
そう言いながらも走っている足は止まらない。
口が耳の下まであるソレ…。
後ろを確認するとソレは四つんばいになり壁、天井、床とを這いずり回りながら追ってきている。
「ちっ…くしょう!俺が何をしたってんだよ」
心臓が悲鳴をあげる。
顎も上に上がり酸素を貪る。
「ぜはぁっ…ぜはぁっ…クッソ!」
ズカッ
足が縺れる。
左足が分身である右足を蹴り飛ばしていた。
ズダーンと派手に転ぶ。
突っ伏したまま床を叩く。
「くそっ!…糞っ!?…クソッ!!…クソ!!!」
足は止まってしまった。
逃げなくちゃいけないのに…。
死ぬかもしれないのに…。
俺の足は走る事を辞めただ震えるだけだった。
後ろから迫るソレに向き直る。
ここは既に踊り場。
加えて階段を下りる力も無い。
ただただソレから少しでも離れようと肘で下がっていく。
しかし、ソレはすぐにやってきた。
二本足で歩いてたときとは比べ物にならない程の俊敏さで近づいてきていた。
後数歩の所で天井から降りる。
その姿は、蜘蛛そのものだった。
「お前は…誰だ!?」
蜘蛛さながらのソレは言葉がわからないのか答える様子も無くじりじりと詰め寄って来ている。
「俺が…お前に…何をした。」
そう言いながら後ずさる。
その問いにもやはり答えない。
やがて無言のまま同じような状態になるが長くは続かなかった。
ゴン
頭を軽く打った。
痛みは無い。
ただそこが最後と言う事だけ理解できた。
そう、最期…。
「くそっ…」
キッとソレを睨むと、ソレは俺の逃げ場が無くなったのを確信したのか笑った様に見えた。
文字通りにぱっと…。
それが飛び掛ろうと腹を地面につける。
「くっ…」
目を閉じる。
とてもじゃないがそれが飛んで来る様など見ていられなかった。
ダンッ
ソレが飛ぶ音
ガスッ
ソレが俺に覆い被さる音
ドスッゴンッ
何かが硬いもので突かれて殴られる音
ボン ドサッ
何かが蹴られる音 そして落ちる音
あれ?
「椿ぃ、そんなに歯ぁ食いしばると身が出るぞ」
ケラケラと笑う声。聞いたことがある。
恐る恐る目を開けるとそこには木刀を両手に持って両肩に置いた人物が立っていた。
そいつは俺が目を開けると「よっ!」と言って軽く敬礼をする。
「り…りょういちっ!」
「ほら立てよ」
手を借りて起き上がる。
「大丈夫かぁ?」
そういいながらもケラケラ笑っている。
そんなに可笑しいのだろうか…。
人が死にそうな気分でいたと言うのに。
この一風変わった装備の男は甘糟 亮一。
こいつは、中学の頃から一緒に馬鹿をやったりするいわゆる腐れ縁と言う仲だ。
元々、剣道部で中等部の時。
全国大会優勝の実力は有ったのだが決勝戦、相手から技有り、有効、効果とことごとく虐めた挙句「弱すぎてつまんない」と試合を放棄。
それ以降は大会に出ることも無く剣道部に所属してはいるが練習、試合には出ない。
最強の幽霊と言う恥ずかしい異名を持つ男でもある。
でも何故亮一がここに?
「ありがとう。…助けてもらってなんだけど、どうしてお前が学校にいるんだ?今日は高熱が出る曜日じゃないのか?」
「ははっ。そうなんだよなぁ。俺もなんでか今日はガッコに来る気になってなぁ。来たはいいけど誰も居ないだろ?だからベランダで寝てたんよ。
そしたら何か教室うるせぇと思ったらお前が何か叫んでるからさぁ。格好良く登場したのよん。」
またケラケラと笑い出す。
「なっ…じゃあお前最初からいたのか?」
「おう。全部聞いてたぞ。」
ケラケラ、ドガシッ
俺が殴った音ね。
「死んだらどーすんだっ!」
「アイテテ、ひでえなぁ。助けてやったんじゃん?どうして殴るかねぇ。」
殴られた頬をさすりながらもケラケラ笑っている。
「はぁ…解った…。」
「お、解った?じゃあ今度学食オゴレな?」
「解ったよ。借りにしといてやるよ。」
「おっしゃあ!何にしよっかなぁ。」
亮一はマジで考えてる。
その姿はひどく懐かしかった。
いつもの事なのに、それを何処かに置き忘れてきた大事な物の様な感覚さえ覚えた。
「あそうそう。」
亮一が向き直って言った。
「これ一本やるわ。大事に使えよ!伝家の宝刀京都の木刀さんだからな。
自慢げに言う。
「でも、お前二刀流だろ?」
「使いづらいんだわ。二本も長いの持ってると。一本は短くていいのよ。だから一本やる。」
そう言って亮一は木刀を俺に渡すと脇にあった掃除道具入れから木製のモップを取り出すとバキッと膝で折った。
「こんなもんでしょ。小太刀ってのは。」
木刀と折ったモップの柄でコンコンと音を鳴らす。
「しっかし、これ何よ?椿ぃ。」
ツンツンとピクリとも動かなくなったソレを突付く。
「俺が知るかよ…。人間じゃ無いみたいだけどな。」
「そんなんみりゃわかるっつーの。ま、それ以外はわかんねーわな。」
ケラケラ
よく笑う奴だな。
「さてと、これからどーすっかなぁ」
「とりあえず、脱出手段を考えないとな。
よくわかんないけどとにかく危ない。」
「んだな。じゃ、ちゃっちゃと行きますか?椿君」
「そうだな、早いほうがいい。」
そう言って俺達は階段を降りて行った。
「そう言えば椿よぉ。」
階段を降りながら亮一が口を開いた。
「ん?」
「このガッコん中に居るのって俺達だけなんかな?」
「あ…。」
「心当たりあんのか?」
「夏夜が。夏夜が来てる筈だ」
「おうおう、悠木ね。そりゃあ捜さんといかんなぁ。」
「でもどうやって捜すか…。」
「そりゃあ、お前。とりあえず3階から教室と言う教室開けるしかねぇべ?」
「それ…しかないよな。」
「そうさなぁ。時間短縮で行くなら二手に分かれるほうが時間は半分で済むだろうけども。」
なるほど、その手があるか。
じゃあ
「二手に分かれるか。」
「いや、やっぱり一緒に行動しよう。」