段々と意識が戻ってくる。
サーッと微かな雨の音が聞こえる。
「うぅ…頭いたーい…」
薄っすら目を開くと、頭痛が小鳥を襲った。
「あれ…ここはぁ?」
辺りを見回すと見覚えのある風景が視線に飛び込んできた。
いつものテーブル
いつものテレビ
いつものベッド
いつもの香り
紛れも無く自宅のベッドの上に小鳥は寝そべっていた。
「どうやって帰ってきたのかしら…」
小鳥は昨日の晩の事を思い出そうとしていた。
「だるき屋で新年会してて、それから…」
プロデューサーの指を握ってしまったり
間接キスをしてしまったり
それを阻止しようとしてプロデューサーの飲み物を取り上げて一気飲みして…
「…思い出せない」
小鳥は小さな体を震わせた。
「変な事してなければいいんだけど…」
自分の記憶の中ではこれまでに記憶が飛んでしまう程お酒を飲んだ事は無かったので余計に怖くなっていた。
「あぁ…神さまっ!」
時間を戻して!と何度も心の中で祈ってもそんな事が起きる訳が無いのは世の常だった。
上半身を起こして近くに置いてある小さな鏡を覗き込む。
「お化粧も落としてない、服も着替えてない、知らない内にストッキングは伝線してるし…最悪だわ」
顔を枕に埋めてしばらく布団の上でバタ足をしてみたがやはり徒労に終わってしまった。
「顔洗わなきゃ」
諦めてむくりと起き上がるといつもの様にコーヒーメーカーのスイッチを入れると洗面所に向かった。
洗顔を済ませる頃にはコポコポとコーヒーメーカーがさえずり独特の香りが台所に漂っていた。
椅子に座りコーヒーを一口飲むと頭の中が少しスッキリした気持ちになった。
「雨かぁ、土曜日で良かったぁ」
細かい雨の粒がカーテンの様に降り注ぎ時折吹く風に揺られていた。
「はぁ…」
外に出られない鬱憤を溜息に乗せて小さく吐くと小鳥は部屋着に着替えた。
「もう少し寝ちゃうって言うのも手だったかしら?」
着替えた後に少し後悔した。
焼いたトーストを齧りながらテレビをつけるとサングラスのおじさんがゲストと会話をしていた。
「土曜日って何もやってないのよねぇ。この時間」
小鳥は休日が少し憂鬱でもあった。
仕事がある日は忙しさに追われて自分を騙す事も出来た。
だが休日はそうはいかず、ましてや今日の様に雨の日は外に出る事も躊躇われる。
そうなると一日中、暇を持て余して過ごすしかなかった。
頭痛が治まるのを待って部屋を掃除した後、再び椅子に座りクッキー食べながらファッション雑誌をパラパラと捲っていた。
「はむはむ…ん〜も○ちゃんは足綺麗だなぁ。今号はあずささんも載ってるのねぇ…私より大人っぽく見えるわ…」
しばらく読み耽っていると不意に携帯電話が鳴り出した。
「誰かしら?」
発信者を見ると登録されていない番号だった。
「?はい」
「音無さんですか?」
「プ、プロデューサーさん!?」
声の主はあずさのプロデューサーだった。
「どどどどうしてこの番号を!?」
小鳥が言うとプロデューサーは困った様に答えた。
「やっぱり覚えてませんか…」
「え?」
昨日のだるき屋
「ちょ、ちょっと!音無さん!?」
「ゴクゴクゴクゴクッ、はぁ!」
「音無さん?」
「フフフフフッ」
「え?」
「フフフッ、平気れすよ♪」
既に小鳥の目は座っていた。
「…そんないきなりろれつの回らない状態で言われても」
「平気れすって〜、フフッ♪」
「はぁ…」
「あろ、ぷろりゅうさぁさん」
「はい?」
「ぷろりゅうさぁさんて、かぁっこいいれすよね♪」
小鳥はニンマリと笑った。
「や、やっぱり酔ってます?」
「酔ってませんて〜。本気ですよぉ、わらし」
「はぁ、有難うございます」
「わらし、好きになっちゃいそうれ困ってます」
小鳥はボソッと呟いた。
「はい?」
「なんれもないれす!」
王様ゲームやろー!
誰かが声を上げると「おー!」と高らかに声が上がる。
「やりましょー!ぷろりゅうさぁさん!」
「ちょ、ちょっと音無さん?」
小鳥はプロデューサーの手を取ってみんなが集まってる場所に引き連れていった。
女子社員が割り箸を人数分配ると皆が一斉に声を上げた。
おーさまだ〜れだっ?
プロデューサーは渋々渡された割り箸を確認する。
「はーい、おーさまはわらしれーす!」
…
「と言うわけなんですよ」
プロデューサーが説明し終える前に小鳥は恥ずかしさに耐え切れなくなっていた。
「そ、それはその…大変なご迷惑を…」
小鳥は携帯電話を持ちながら頭を何度も下げていた。
「いえ、楽しかったですし構わないんですけどね」
ははっとプロデューサーは電話越しに笑った。
「すいません…」
「それで、明日はどうしましょうか?」
「明日、ですか?」
何か約束があったかと小鳥は思い出そうとしていた。
と言っても日曜は会社は休みで誰かと過ごす予定など入っていなかった。
「あの、明日って…何かありましたっけ…?」
「覚えてないとは思うんですけどね…約束しましたし」
「えっと、どんな約束しましたでしょうか…私ってば」
再び昨日のだるき屋
小鳥さんか〜。
王様の命令は〜?
方々から命令を急かす声が聞こえる。
皆が一斉に唾を飲み込んだ。
「フフフッ、じゃあ5番の人に。命令は日曜日に”一日恋人”としてわらしとデートする事!」
おーーーー!
と女性社員が声を上げる。
それは良い事だ!
と社長の声が聞こえた。
5番は誰だーーーーーーー!
誰かのプロデューサーが叫んだ。
「自分です…ね」
あずさのプロデューサーが手に持っていた割り箸を上げた。
「アハッ、やった♪」
いーなー!と女性社員の黄色い声が聞こえる。
「ぷろりゅうさぁさん、セッティングお願いしますね♪」
皆の視線がプロデューサーに向けられる。
照れを隠すようにプロデューサーは一つ咳払いをした。
「わかりました、精一杯エスコートさせて頂きます」
おおぉっ!と声が上がる。
「これ、わらしの番号れすから!」
そこまで聞いて小鳥は何故自分の番号をプロデューサーが知っているのかやっと理解した。
「あわわわわ、すいません!ごめんなさい!」
「いえいえ、どうしましょうか?本意で無ければそれはそれでも」
その言葉に小鳥は一瞬考えた。
千載一遇のチャンスかもしれない。
記憶が飛んだ自分の起こした奇跡かも知れない。
そして、このチャンスは二度と無いかも知れない…
「あの…プロデューサーさん」
「はい?」
「その、プロデューサーさんさえ宜しければ…。つ、連れていって…もらえませんか?」
電話越しにクスッと笑い声が聞こえた。
「もちろん、そのつもりで電話しましたから」
「はい、ありがとうございます!」
「では明日の13時に駅前でお待ちしてます」
「はいっ、それでは…」
プロデューサーが切るのを確認して小鳥は携帯電話をテーブルの上にそっと置いた。
「っっっっっっっっっっっっ!」
思わずベッドに飛び込むとバタバタと足を鳴らした。
「デート!甘美な響きだなぁ…フフッ♪」
小鳥は嬉しさと少しの恥ずかしさを堪えきれずに居た。
テレビがつまらなくても
外は雨が降っていても
今日一日部屋の中に缶詰でも
口元がほころばずには居られなかった。
「明日、何着て行こうかしらっ♪」
軽くステップを踏みながらクローゼットを開ける。
「どんなのがいいかなぁ♪」
取り出しては鏡の前に立ち、立っては新しい物を取り出す。
どれも良い感じがして
どれもイマイチで
決める事が出来る訳も無かった。
今の小鳥は嬉しさの余りまともな思考すらも覚束無い状態だった。
「うーん、困ったなぁ♪」
鏡の中、笑顔でそんな事を言う自分に違和感を感じたがそんな事は今の小鳥にとってどうでも良い事だった。
散々悩んだ挙句、白のニットワンピースにカーディガンを着てラインドールコートを羽織る事にした。
「はぁ、楽しみだなぁ♪」
いそいそと明日の準備を進め、必要そうな物を全て揃え終わって小鳥がベッドに入ったのはいつもより早い21時を過ぎた頃だった。