「はぁっはぁっはぁっ…くそっ…」
プロデューサーは辺りを注意深く探りながら走っていた。

コートとマフラーに雨が滲んで余計に体力を奪っていく。

「何で気付かなかったんだ…馬鹿」
そう自分を罵るのはもう何度目だろう。

ラストライブ終了後

ステージを去ったまま響は戻ってこなかった。

嫌な予感を感じつつも帰り支度を先に済ませ控え室を訪ねたのは閉幕から20分も後の事だった。

ノックをしても返事がない事に不安を掻きたてられドアを開けるとそこはもぬけのからだった。

響が良く持ち歩いていたバッグや携帯、それどころか私服すらも見当たらなかった。

その様子を見てプロデューサーは考えるよりも先に走り出していた。

響を探して走り回っている内に思考が落ち着くと事の次第を全て把握する事が出来た。

響は最初からこのまま帰る気だったんだと…

一人早めに控え室入りしていた事

荷物が何も無い事

着替えてくると言い残したのは時間稼ぎの為だった事

見事にプロデューサーはそれに気付けなかった。

しかし、逆に希望もそこに残されていた。

移動車両で響はドームに入っている。

衣装のみで控え室入りをしているのであれば響は財布も持っていない。

そうであればマンションまでの距離を自分の足で行かなければならない。

行き先と移動手段が解っていれば追いつけない事は無い。

勿論、マンションに向かっていればの話しだが響がそんな巧妙な手口で逃げる様な事は無いとプロデューサーは確信していた。

そう信じて走り続けたプロデューサーが響に追い付いたのはラストライブ終了から1時間程たった後だった。

「響…響っ!」
声の限りに響の名前を叫ぶ。

走り続け、冬の乾いた空気を貪っていた所為か喉はカラカラに渇き上手く声にならなかった。

疲れたのかトボトボと歩く響は不意に名前を呼ばれ足を止めた。

コツコツと革靴の音が近付いてくるのを背中に感じながらゆっくりと振り返る。

「あーぁ、やっぱりにぃにぃには見つかっちゃったか」
そう話す響の笑顔には微かに違和感があった様に見えた。

「置いていくなんて酷いな、待ってたのに」
プロデューサーの言葉に響は乾いた笑いを零す。

「あはは、いやぁ。どうせ…お別れするならさ、笑顔の方がいいと思って」

「そんな理由で…?」

「あぁ、うん。そう…。そんな理由…」
響の下手な嘘はプロデューサーには簡単に見破る事が出来た。

「最後に楽しく最高のライブも出来たし、それに―」

「それに?」

「自分、にぃにぃの事本当に大好きだからさ。…にぃにぃは自分の事嫌い?」
笑顔を崩さないまま響は言う。

「そんな筈ないだろ」

「だったら…このまま、行かせてくれないかな?今も、結構…辛いんだ」
笑顔のままポロポロと涙を零す響の顔を見てプロデューサーは胸がズキリと痛んだ。

無理をさせてしまっている自分に腹が立った。

思わず思っていた事と反対の事を言いそうになった。

見るに耐えない響の顔からプロデューサーは一度目を伏せ、出そうになった言葉を噛殺しギュッと拳を握った。

「…」
そして静かに首を横に振る。

「どうして…?にぃにぃの為に今一生懸命笑顔なのに。どうして…」

「今の響の笑顔は本当の響の笑顔じゃない…」
苦しい言い訳の様な感じがした。

「え?」
目を合わせない様にしていた響が初めてプロデューサーの目を見詰める。

「いつもの響の笑顔だったら俺は何も言えなかったかも知れない、でも今の響を行かせる事は出来ない…」
言い訳だったがそれは紛れもなくプロデューサーの本心だった。

目を丸くしていた響だったがプロデューサーの言葉を聞くと諦めた様に小さく息を吐いた。

「にぃにぃは自分の事本当に良く知ってる。にぃにぃは優しいね…」

「?」

「にぃにぃには本当に感謝してるんだ。色んな事教えてくれて、自分の事色々理解してくれてさ」
ちらりとプロデューサーを一瞥して響は再び目を伏せて話し始めた。

「いつも笑顔で頑張らなきゃって思った。にぃにぃの応援に応えなきゃって…でも、気付いちゃったんだ。
 …自分はにぃにぃの為に何もしてあげられてないんだって」
響がギュッと瞳を閉じると大粒の涙が頬を伝った。

「そんなこと―」
言い掛けたプロデューサーの言葉を響は遮る。

「あるんだよ…」

「っ…」

「にぃにぃ覚えてる?自分がこっちに来てにぃにぃとミーティングした時の事」

「あぁ」

「にぃにぃあの時、言ったよね?自分とにぃにぃは同じ立場なんだって」

「言ったよ」

「にぃにぃは何時も自分の為に何でもしてくれた。でも、自分はファンの為に何かしてあげられても…」
そして初めて響は視線をプロデューサーに合わせる。

「にぃにぃ一人の為には…何もしてあげられないじゃん!そんなの全然同じ立場じゃないよ!」
響の悲痛な声にプロデューサーは返す言葉が無かった。

「それに、自分は…本当はにぃにぃの思ってる様な元気な子じゃないんだよ…」
そうぽつりと呟く様に言うと響は悲しげな表情を浮かべ視線を足元にずらした。

しとしとと雨の音とふわりふわりと口から漏れる白い息だけがただ静かに流れていた。

寒さで震える体も

冷たさで青ざめてしまった唇も

ポロポロと止め処無く溢れてしまう涙も

雨でビショビショに濡れてしまった黒髪も

そのままにして響はじっとプロデューサーを見詰めている。

プロデューサーが何も言わないのを答えと受け取って響は小さく笑む。

「最後に言いたい事が言えて良かった。じゃあ…もう行くね」
そう言い残して響はくるりと踵を返した。

背中を見詰めるプロデューサーが心配しない様まっすぐ静かに歩みを進める。

「響っ!」
名前を呼ばれ思わず足が止まってしまう。

涙を一度手の甲で拭って振り返ったその時

「っ!?」
響は不意に抱き締められた。

「にぃ…に…?」
一瞬呆気に取られた響だったが直ぐに我に返った。

「にぃにぃ、痛いよ!離…してっ!」
プロデューサーの腕が響を離すまいと力が込められる。

「やっ…はなっ、して…。うくっ…これいじょ…ひっ…もう」

「俺は…俺はプロデューサー失格だ…仕事と恋愛の区別もついていなかったんだな…」

「ぇ…?」
突拍子も無い言葉に響は耳を疑った。

「響の事、出会った日から一日だって想わなかった日は無いよ…。何とかしてあげたいって、二度と泣かせたくないって…ずっと思ってた。
 でも今、響に教えてもらったよ。俺のプロデュースは間違ってた」
抵抗していた響の腕から力が抜ける。

「にぃにっ…ぐすっ。も…ぅ…やめて?」
響の訴えも今のプロデューサーには届かなかった。

(自分て…ダメだ…)

「泣かさない様にするだけじゃなかったんだ。泣いている響に気付いて一緒に頑張る事が俺の役目だったんだ」

(強く拒絶した筈のに、決心したのに)

「今だってそうだ…。プロデューサーとして見送るより、響を失う事の方が怖くて…」

(もう甘えたがってる…)

「ぅうっ…ひぐ…」

(なんで…なんでにぃにぃの体って…)

「気付かなくてごめん…許してくれ」
プロデューサーの声が微かに掠れていた。

(こんなに、あったかいんだろう…)

「俺には響が必要なんだ…傍に居てくれ…ずっと。…好きなんだ」
プロデューサーはこの時初めて思った。

何時も響が笑顔で居られる様努力を惜しまなかったのも

苦しんでいる響に気付いてあげなくちゃいけなかったのも

プロデューサーとして努めると言う事は、その人を好きになると言う事から始まるのかも知れないと

肩を震わすプロデューサーの背中に響の細い腕が回される。

「にぃに…泣いてたら…帰れないよ」
響はそっとプロデューサーの胸に頭を預けた。

「帰らなくていい…帰したくない」
プロデューサーの言葉に暖かい涙が零れ落ちる。

響はクスッと小さく笑った。

「ずるいよ…。にぃにぃは頭が良いから、そんな風に言われたら自分が離れられないの知ってて言ってるんだ。ホント、ずるいよ…」
キュッと抱き締める腕に力を込める。

「自分、本当は…暗い性格なんだ。人の目を見て話すのが苦手で。そんな自分を変えたくてにぃにぃに声を掛けたんだ。
 でもすぐ視線を避ける癖を見抜かれて…ずっとビクビクしてた。いつかバレるんじゃないかって、バレたらにぃにぃに嫌われるかもって。
 でも怖くて今まで言えなかった…。こんな自分でも好きって言ってくれるの?」
響はプロデューサーの答えを知っていた。

響も元より同じ気持ちだった。

でも敢えてもう一度聞いた。

本当の自分を知って貰った上で

もう一度

好き」と言って欲しかったから

「どっちも俺にとっては響だよ。俺はどっちの響も好きだよ」
暖かい物が響の胸に込み上げて来る。

「にぃにぃ…ぅ。あ…れ、おかし…な、ぐすっ。嬉しっ…のに、何で…ふっ…泣いちゃ、だろ?」
必死に堪えようとする響の頭をプロデューサーは優しく撫でた。

「泣きたければ思い切り泣いてくれ。俺の前ではもう何も我慢しないでいいよ」
優しい言葉に堰を切った様に涙が零れだした。

(にぃにぃの前だけでも普通の我那覇響で居たい…)

「うぅっ、ふぇ…っ!う、ふえぇぇっ!にぃにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
声を上げてプロデューサーの胸の中で響は思い切り泣いた。

これまでの不安が消し飛んだ安堵

プロデューサーとこれからも一緒に居られる嬉しさ

プロデューサーを想う気持ち

全てが暖かい涙になって溢れていた。

途中、衣装一枚だった響の為にコートを被せてくれたプロデューサーは響が泣き止むまでそのまま優しく頭を撫でていてくれた。

プロデューサーにもあの時の様な困惑は無かった。

寧ろ笑顔も泣き顔も全て見せてくれた響が愛しかった。

抱き締めながら響が落ち着くまで何時まででもそうして居たかった。

「落ち着いた?」
プロデューサーがそう声を掛けたのは響の嗚咽が止まり始めた頃だった。

「うん。ごめんね…また迷惑かけちゃったね」

「迷惑なもんか。どっちかと言うと嬉しいよ、響の事がまた一つ解って」
そう言ってプロデューサーは意地悪そうに笑う。

「なっ!?…んもぅ!」
プクッと頬を膨らます響の視界にフッと手が伸びてくる。

「可愛い顔が台無しだ」
そう言って雨の所為でぺたっとした響の前髪をプロデューサーは梳くってくれた。

「ぁ…」
既視感と共に頬が熱くなった。

見上げれば直ぐそこにプロデューサーの顔がある。

銀縁のメガネの奥から切れ長の目がこちらを覗いていた。

「あ、あの…にぃにぃ。あのね…」
トクントクンと鼓動が早まる。

(言っちゃって…平気かな…?)

「うん?」

「そ、その…。一個…お願いしても、いかな?」

(言っちゃうからね…)

「いいけど?」

「あ、あのさ…」
緊張で手も足も、カタカタと震えが止まらなかった。

(言っちゃうゾ…!)

「響」

「ふえっ?」
プロデューサーがクスッと小さく笑った。

様な気がした。

プロデューサーの腕にフッと腰が寄せられた。

「好きだよ、響」
ふわりとプロデューサーの唇が響の唇に重なる。

「んっ!…ん」
柔らかくひんやりとした冷たい感触が唇から伝わってくる。

「ふ…んっ…んぅ」
ドキッドキッと痛い位心臓が飛び跳ねている。

「はっ…ん…」
思う様に息が出来ない胸が苦しい。

体に力が入らない。

「ん…んっ。んぅっ!…ぷはっ!」
唇を離した途端、響は脱力してそのままペタンと座り込んでしまった。

「はぁっはぁっはぁっはぁっ…はぁぁぁぁっ」
ドクドクと高鳴り続ける胸を押さえて必死に呼吸を繰り返す。

「大丈夫か?」
心配そうに声を掛けるプロデューサーに響は思わず照れ笑いを返した。

「えへへっ。ごめ、なんか…足に力が入んなくて。息も…ちょと苦し…かな」
響の言葉にプロデューサーは薄く微笑んで響の体を引っ張りあげるとそのまま背中に背負った。

「うえぁ!ちょ、にぃにぃっ!?」
一瞬何が起こってるのか解らず響は素っ頓狂な声を上げた。

「雨も降ってて地面がびしょびしょなのに座らせて置く訳にも行かないし、いつまでも雨に濡れてる訳にもいかないからね。
このままマンションまで行くよ」

「え?あ、うん。ありがと」
周りに人の気配は無いので響は言われるがままにプロデューサーに体を預けた。

プロデューサーの体温が響の胸に伝わってくる。

肩に顎を乗せるとプロデューサーと同じ視線になった様な気がして何だか嬉しかった。

「にぃにぃ?」

「ん?」

「好きだよ♪大好き♪」
響はそう言ってプロデューサーの頬に触れる様に小さくキスをした。

「だから、ちょと…このまま…寝かせて…なん…疲れ…った」

「ちょ、ばかっ!捕まってなかったら落ちるだろ!」
プロデューサーの声は既に響には届いていない。

「スー、スー」
響は既にプロデューサーの背中で寝息を立てていた。

嬉しそうに

幸せそうに

いつもの

この世に一つしかない

笑顔のまま


ある暖かい日差しの差し込む午後

響は東京での休暇を満喫していた。

都会の生活にも慣れ、お気に入りのお店も数件出来た。

そんなお店の一件

どちらかと言うとプロデューサーのお気に入りのカフェで響は温かいカフェオレを啜っていた。

「おまたせ」
声のした方を振り返るとそこにはプロデューサーの姿があった。

「お疲れ様、にぃにぃ♪」
響の顔を見てニコッと笑うとプロデューサーは響の正面に腰掛け早々にタバコの火を点けた。

「話しってなぁに?」
響の問いにプロデューサーは返事の変わりにホチキスで止められた数枚の書類を幾つかテーブルの上に広げる。

「活動再開のプランを持って来たよ。響に選んで欲しいんだ」
そう言ってプロデューサーは一つ一つの説明を始める。

響は広げられた書類を一つ一つ捲りながらその話しを聞いていた。

そして一つのプランが目に付いた。

「にぃにぃ、自分これがいいな!」
そう言って響が手渡した書類には表紙に”C”と大きく書かれていた。

「ん〜、なるほど。理由は?」

「なんか一番楽しそう!」
その答えにプロデューサーは楽しそうに笑った。

「あははっ、なるほどね。響らしくていいね、じゃあこれで行こうか」
プロデューサーの言葉に逆に響は不安の表情を浮かべた。

「え?そんな簡単でいいの?」

「響がやりたいって言うものを実現してやれない様じゃ俺の居る意味が無いよ。それが俺と響の関係、だろ?」
響は照れくさそうに笑う。

「えへへっ、そーだね。そう言う関係、だね♪でも、にぃにぃもあんまり無理はしないでね?」

「その言葉には承服しかねる」

「えーなんでよー!」

「そもそも響が選んだプランは無理をしないと成立しないからね、その辺は解ってくれ」
膨らましていた頬を戻して響は微笑みを取り戻した。

「じゃあ、無理してもいいけど頑張り過ぎないでね♪」

「了解した」

それから半月後

響の選んだプランCをプロデューサーは見事に稟議を通した。

状況判断、人心を読む事に長けたプロデューサーはプロダクションの現状と新たな提案を天秤に掛け稟議を押し通したのである。

そしてその手腕を見事に発揮し、新たなユニットの結成に成功したのだった。

元Aランクアイドル我那覇 響

元Aランクアイドル星井 美希 そして

961プロからの引き抜きに成功した Aランクアイドル四条 貴音とそのプロデューサー。

現状のアイドル不足とプロデューサー不足を一気に解消する形となる。

961プロの面子を潰さぬ様 引き抜きの条件として出したユニット名

「プロジェクトフェアリー」が誕生した。

新たな提案の一つとしてそれぞれのプロデューサーをそのまま着けメンタル面の向上を図ると言う試みも見事に功を成し

「プロジェクトフェアリー」ダンスクイーン 我那覇 響 ・ ビジュアルクイーン 星井 美希 ・ ボーカルクイーン 四条 貴音の三人は
破竹の勢いでSランクまでの到達を果たす。

そしてそれぞれのrelationsと「オーバーマスター」と言う歌を武器にアイドルアルティメイトへの参戦権を得るのだった。

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