早朝の涼やかな朝日と小鳥のさえずりが春香に日付が変わった事を伝える。
「もぅ…朝なの?」
寝なきゃ寝なきゃと思い目を瞑っていたがプロデューサーの事が脳裏から離れず結局一睡も出来ないまま翌日を迎えてしまった。
春香は何かを慈しむ様に小さく身を竦めた。
暫くして春香は力無くベッドから降りて毎朝の作業を終える。
玄関の扉を開けトボトボと事務所に向かって歩き出す。
事務所に着くとまだ早いせいか人の気配は感じられなかったが鍵が閉まってない所をみると既に誰かが中に居るようだった。
「おはようございまーす」
誰か居ないかと挨拶をしてみたものの春香の声に応えるものは何も無かった。
「誰も…居ないのかな?」
仕方無しに事務員用の椅子に腰掛ける。
こうして見回すと普段は気にも掛けない様な事が見えてくる感じがした。
「ぁ…プロデューサーさんの席…」
何気なくプロデューサーの席により椅子の背もたれ越しにデスクを見渡してみる。
とても綺麗に整理されてるとは言い難いが重要そうな大まかなスケジュールの書かれたカレンダーは目立つようにそこだけ綺麗に空間が空いていた。
「フフフッ♪なぁんか性格出てるなぁ」
何となく笑みがこぼれる。
乱雑に放り投げられたであろう細かなメモやペンを一つ一つ整理していく。
メモの大きさはバラバラなもののプロデューサーの性格のせいか日付だけは
どのメモ紙にも書かれていたので日付の近いものから見れるように重ねて、
ペンはキチンとキャップをしてペン立てに挿していった。
ある程度片付けると普段は勿論、片付けている最中にすら見えなかったデスクマットの下から写真が数枚姿を見せた。
一枚はプロダクション所属のアイドル達とプロデューサーの写真。
一枚は事務所の事務員や社長と写った写真。
一枚は春香の新曲が決まった時、衣装を合わせた時のワンショット。
そしてもう一枚は綺麗な女性が写った写真だった。
「綺麗な人…」
その写真を見た瞬間、小さく胸がざわめいた。
「この人…誰だろ、プロデューサーさん…この人と…。…っ」
キュッと春香の胸が締め付けられる。
(また…この感覚…)
胸を軽く押さえてその原因を探す。
「プロデューサーの席に座ってな・に・を物思いに耽ってっているのか・し・らぁ?」
「ひぃぃっ!?」
恐る恐る振り返るとそこには眼鏡の奥で意味深な目を光らせている律子が腕組して立っていた。
「りつこさん!?」
「朝早くに来てるかと思えば!なぁにをやっているのかしら、は・る・か」
「えっ!いや、これは、その…あは、あはは…は」
急な展開に気持ちが追いつける筈も無く笑ってごまかす以外に何も出来なかった。
「まったく。ん…?」
律子は急に口を噤むと眼鏡の位置を直して春香に顔を寄せた。
「あ、あの…律子さん…?」
あまりの近さに恥ずかしくなり無意識的に目を逸らしてしまう。
律子は目を細めて春香の目を見つめていた。
「あぅぅ、何…ななんでしょうか…?」
「ふぅ…」
何か律子の中で結論が小さく溜息を吐いた。
「ちょっと、こっち来なさい」
そう言うと律子は踵を返してミーティングルームに向かって歩き出した。
少し怒気の混じった律子の言葉に春香はおずおずと従うしかなかった。
「ちょっとそこに座りなさい」
律子の口調には相変わらず怒気が混じっていた。
春香は何を言われるのか心配になりながらも律子の向かいの席にちょこんと座った。
「何があったの?」
「へ?」
あまりに唐突な律子の言葉が春香には理解が出来なかった。
「朝起きてちゃんと鏡みてきたのっ?」
「う、え!?…多分」
「嘘おっしゃい!何処の世界にそんなガッツリ目の下にクマ作って出てくるアイドルがいるのよっ!」
その勢いに春香は慌ててバッグから鏡を取り出して確認した。
「ほんとだぁ」
「ほんとだぁ、じゃないわよ!あんたがそんな状態になるってことは何かあったんでしょ?」
律子はテーブルを叩いてその勢いで身を乗り出した。
「あ、あの…その…何かあったって言うか…」
春香は昨日の行動を打ち明けた。
「はぁ?」
律子は怪訝そうに声を発した。
「それだけなの?」
「ええ、したことはそれくらいで…」
「じゃあなんでクマができるのよ!」
律子は納得がいかないのか組んだ腕の左の人差し指をトントンと鳴らした。
「あの、律子さん」
「ん、どうしたの?」
「あのですね、あの…プロデューサーさんのデスクにあった女の人の写真て…」
「あぁ、あれねぇ。春香は知らないのね。事務所では結構有名な話しなんだけど。」
「…」
「プロデューサー、お見合いするらしいわよ。3日後に。まだ早いっちゃ早いわよねぇ。まだそんな歳でもないでしょうに、まぁでも結婚を考えない歳でもないかな?」
その話しを聞いた瞬間、春香は驚きを隠せなかった。
「そ、そんな…」
「この前も社長と話してたわよ。どうやら社長が持ってきた縁談みたいねぇ。縁談が上手くいった場合辞めるとか辞めないとか。」
<辞める>と言う言葉を聞いた時、春香の瞳から涙が零れ落ちた。
「う、そ…」
「ん…春香?」
「いや…そ、なの…いや!」
「春香っ!?」
律子が呼びかけた時には春香は既にミーティングルームを飛び出していた。
途中誰かに声を掛けられたりしたが春香の耳には届いてなかった。
春香はとにかく走り続けた。
事務所を飛び出して息が切れてもそれでも走り続けて、
立ち止まった時には普段滅多に立ち寄る事もない森林公園の近くまで来ている事に気付いた。
「うぅ、うくっ…いや…離れるっ、のは…いや…」
近くのベンチに腰を下ろして暫く泣き続けた。