「おはようございまーす!」

「お、春香。おはよう」

春香の担当プロデューサーはコーヒーを今淹れて来たのか大事そうにカップを抱えていた。

プロデューサーは丁度半年前に春香の担当になり、春香よりも8つ年上で少し抜けてる所もあるが
腕は確かな様で春香も順調にランクを上げてきている。

「おはようございます!プロデューサーさん」

「今日も元気だな!」

「勿論です!新曲ですよ!?し・ん・きょ・く♪」

「そうだな。でもはしゃぎ過ぎたり、歌い過ぎたりで体調こわすなよ?
テレビに出る事だけがアイドルの仕事じゃないぞ」

「はーい、じゃ先にボイスレッスン場に行ってますね」

「うん、俺も後で行くから」

そう言うとプロデューサーはデスクに戻り軽くコーヒーを啜った。

追いかけてっ 逃げるフリ〜をして♪

プロデューサーがレッスン場に到着する頃には既にレッスンは始まっていて中からは
春香の軽やかな歌声が聞こえていてた。

つかまえてっ 「好きだよ」と言ってほーしい♪

「邪魔しちゃ悪そうだな、気分がノッてるみたいだし」

そう呟くとプロデューサーは近くのベンチに腰掛けた。

「ありがとうございましたっ!」

暫くすると中から春香が出てきた。

「あっプロデューサーさん!来てくれませんでしたねぇ?」
春香は悪戯っぽくプロデューサーの目を覗き込んだ。

「いや、聞いてたよ。外からな」

「あれ、そうなんですか?」

「うん、なんとなく邪魔するのが気が引けてね」

「あぅ、なんかぁ照れくさいですね…それ。そんなに入れ込んでましたか?」

「嬉しさが伝わってくる感じだよ。気に入ったかい?」
そう言うとプロデューサーは軽く微笑んだ。

「はい!この曲、大好きです!」

春香も負けじとニッコリ微笑む。

「そっか!選んだ甲斐があるな!春香、この後のスケジュールは…」
手帳を捲りながらプロデューサーはペンを取り出した。

「無かったよな?」

「はい♪レッスンも少し早く終わってしまいましたし特にやる事も無いんですよねぇ」
春香はコメカミに人差し指をトントン当てながら考えていた。

「よし、ならちょっと俺に付き合うかい?」

「え!?付き合うってそんなトートツな…だって心の準備が…それにちょっとって…」
赤面しながら指を重ねたり突付いたりしている春香の顔を見つめながらプロデューサーは呆れ顔で答えた。

「春香…話しはちゃんと聞けよ…<俺と>じゃない<俺に>だ。…まあ他に用事があるならいいんだけどな」

「え、ああ。あははは、なんか、私ったら勘違いしちゃって。あはは。」

「全く…。この前、良い雰囲気の喫茶店をみつけてね。
穴場的なお店で静かなんだけどコーヒーも食べ物も美味しいんだ。」

「喫茶店ですかぁ!?何か久しぶりかもっ!」

「春香も最近何かと注目されてるからたまにはゆっくりお茶でもしないかなと。相手が俺で申し訳ないけどな」
プロデューサーはペンで自分の頬を軽く叩きながら照れくさそうに言った。

「そんなっ!大、歓迎ですよぉ!」

「そっか。じゃあ準備が出来たら事務所の入り口で。そこで待ってるから」

「はい!すぐ行きますね!」
20分程で春香は着替え終えプロデューサーと一緒に事務所を後にした。

プロデューサーの言う喫茶店は立ち並ぶビル群の中にポツンと建っていた。

「ここ…ですか?」

「外観は映えないかもしれないけど本トーに穴場だから!」

入り口のドアを開けるとカランカランとベルの音が鳴り人が入って来たのを知らせると
整ったヒゲが似合うマスターはこちらを見て微笑んだ。

「いらっしゃいませ」

「また来ちゃいました!」

「ありがとうございます、今日はお連れ様もご一緒で?」

「はい、ここの雰囲気がすごい好きなんですけよ。静かにコーヒーを楽しめる場所は
この辺じゃあまりありませんし、それに彼女も色々目立てない子なので…」
それを聞くとマスターは「なるほど」と言わんばかりに春香をみて微笑んだ。

「これからもごひいきお願い致しますね」

「え、あ。は、はいっ!」

「ご注文はどうしましょうか?」

「ああ、俺はアメリカンで。春香は?」

「えっと、どれがいいんでしょ…?」

「コーヒーは飲めるのか?」

「はい、でもあまり苦いのは…」

「アイスとホットは?」

「アイスがいいです!」

「じゃアイスのオレンジラテとお勧めケーキで」

「かしこまりました」

「勝手に頼んじゃったけどはずれるって事は無いから、俺が保証する!」

「はい!あ、ちょっと静かにしてますね。なんか私の声ばかり響いちゃって…」

「ははは、そんなのは気にしなくていいよ」
コポコポとお湯の沸く音が聞こえコーヒーの香りが店内を染めたかと思うと程なくしてマスターが
ケーキと飲み物を持ってやって来た。

「いただきます」

「わぁ、美味しそうっ!いただきまーす」
春香はストローを挿し軽くシロップを混ぜると一口飲み込んだ。

「わっ!?、えぇぇ?」

「どうした?」

「これ、コーヒーなんですか?」

「ラテだからなぁ」
そう言いながらプロデューサーは砂糖をかき混ぜた。

「ででででもっオレンジの味がしますよっ!」

「オレンジラテだからなぁ」
そう言ってプロデューサーはコーヒーを一口啜った。

「なんでっ!だってコーヒーってにがぁいイメージがあるのに」

「それはガムシロにオレンジの風味が混ざってるんだよ。
だから甘酸っぱい感じがするしコーヒーの味もするんだな」

「へぇ…これ、癖になりそうですっ^^」

「マスターの事だからケーキもばっちりの組み合わせの筈だぞ」

「じゃ、じゃあ!」
春香はフォークで一口分にケーキを切ると口に運んだ。

「はむはむ、んんっ!」

「待て!飲み込んでから喋れ!」
言われて春香は急いで飲み込んだ。

「すごい…コーヒーとケーキでこんなに引き立てあうなんて…美味しいですよぅ!」

「言っただろ、良い所だって」

「はい。喫茶店ていつも何気なく寄って友達とかとお喋りしてそんな場所だと思ってましたけど、
こんなに考えて品が揃えられてるなんておもいませんでしたよぉ」

「マスターの腕がまた良いからな。ここは、ほんとリラックスできる場所だよなぁ。
都会のオアシスって感じかな」
しばらくコーヒーとケーキに感動していた春香もすっかりオフを満喫していた感じだった。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたー」
喫茶店を後にすると春香は何か言いたげにプロデューサーの後ろを歩いていた。

「ん?どうした、春香」

「あの、プロデューサーさん…」

「どした?悩み事か?」

「あの、ですね。時間があったらでいいんですけど…」

「うん」

「海に、連れて行ってもらえませんか?」

「海、かぁ…」
プロデューサーは少し考えてる様子で呟いた。

「ダメ…ですか?」
上目遣いで懇願する春香の表情に応える様にプロデューサーは優しく微笑んだ。

「わかったよ。ちょっとまっててくれ」
そう言うとプロデューサーは走って事務所に戻っていった。

暫くすると春香の前に車が停まった。

「お待たせ」

「あ、ありがとうございます!」
春香はドアを開けてちょこんと助手席に腰掛けた。
窓を開けて吹き抜ける風を浴びながら春香は心地良さそうに新曲を口ずさんでいた。

海が見えてくるとほのかに潮の香りがしてきた。

「さてと、着いたぞ。この辺でいいかな」

「はいっ!ありがとうございます!」
春香は車から降りると真っ先に砂浜に向かって走っていった。

「転ぶなよー!」
プロデューサーも近くの駐車場に車を停めると春香の方まで歩いてきた。

波が足に届くか届かないかの所でじっと海を見つめている春香をプロデューサーは煙草を吹かしながら見つめていた。

暫くすると春香は目を閉じ大きく深呼吸をして歌いだした。



もーっと遠くへ 泳いで〜みたい〜♪
光〜満ちる 白い island♪



通常より少しテンポは遅めだが同じ曲でも歌い方で印象が変わってくるものだなと春香の成長をプロデューサーは少し喜んだ。



追いかけて 逃げるフリ〜をして♪
そぉっと もぐる〜 私マーメイ♪
つかまえて 「好きだよ」と 言ってほしい〜♪



その時、少し大きめの波がたったのか春香の足を波がさらおうとした。

「ぅえっ!?あああぁっ!」
転びそうになった春香を寸での所でプロデューサーが抱きしめる形で防いだ。

「…あっ」

「あぁぶなかったなぁ…」

「あ、ありがとうございます…」

「大丈夫そうだな、気をつけてくれよ。換えの服なんてもってきてないんだからな」
そう言うとプロデューサーは吸っていたタバコを投げ捨ててきたのか吸殻を拾い上げて携帯灰皿にしまった。

(あ…れ…?)

その時、春香には転びそうになった驚きや助けてもらった安堵とは違う別の感情が胸を突き抜けていた。

それはジェットコースターに乗った時のフワッとした感覚に似たものだったが似ても似つかない何かが胸の奥に残っていた。

(私…どうしちゃったんだろ…なんか、くるし…)

プロデューサーは煙草をしまい終えると再び春香の前にやってきた。

「気が済んだか?」

「え?あ…はいっ!」
春香は自分の中にあるいつもと違う感情を見せない様に明るく返事をした。

「そっか。じゃあ最後にもう1回歌って貰えるかい?」

「はい!…って、えぇっ?」
予想だにしないプロデューサーの言葉に春香は少し焦った。

「その為に海に来たんじゃないのか?さっきの歌い方も凄くよかったぞ」

「はいっ、…そうなんですけど、ね」
春香の歯切れの悪い返事にプロデューサーは違和感を覚えた。

「どうかしたのか?」

「え、いえ。大丈夫ですよ!うっうん、じゃあ歌いますね!」



もーっと遠くへ 泳いで〜みたい〜♪
光〜満ちる 白い island♪


追いかけて 逃げるフリ〜をして♪
そぉっと もぐる〜 私マーメイ♪
つかまえて 好き…だよ…と 



…キュッ

「…んっ(また…胸が…)」

「どうしたっ?」
胸を押さえてうつむいた春香にプロデューサーは駆け寄った。

「大丈夫か!?」

「ぃやっ…」
プロデューサーに肩を触れられた瞬間、更に締め付けが大きくなった気がして反射的に腕を払ってしまった。

「春香?」
払われた腕のやり場に困ったが春香の急な変化に驚きを隠せずにいた。

「ぁ…ごめ…なさい」

ドキッ…ドキッ…
胸の締め付けに比例して鼓動が大きくなるのが自分でも確認できた。

「春香…もう、帰るか?」
胸を押さえうずくまる春香を心配そうに見つめながらプロデューサーは優しく言った。

早まる鼓動が邪魔をして上手く喋る事が出来ず春香はただ小さく頷いた。

車に乗ってプロデューサーの買ってきてくれた缶ジュースを飲んで少し気持ちが落ち着いてきた春香は何故こんな事になっているのか考えた。

隣で運転するプロデューサーの顔を横目でちらりと覗く。

プロデューサーは飲み物を飲んで春香が落ち着いたのを知ってか安堵の表情を浮かべながら運転をしていた。

今までの様にプロデューサーの顔をしっかり見る事は出来なくなっている事に気付く。

(なんで…?今までこんなことなかったのに…プロデューサーさんの顔が…見れない…)

初めての感情に戸惑い、自分自身に答えを求めたが結局、春香の家に着くまで答えは見出せなかった。

「春香、大丈夫か?」
車を降りた春香に助手席に片腕をついて窓からプロデューサーが声を掛けた。

「はい!なんか…ちょっと、転びそうになって焦っちゃっただけで…もう大丈夫ですよ!」

「そっか、大丈夫そうならいいんだ。ま、明日からまた頼むな!」

「はい!任せてください!」
内心、そんな事がある筈は無いが思い切り微笑む事でなるべくプロデューサーの顔を見ないようにした。

そうでもしないと正面から向かう事が出来なかったからだ。

車が見えなくなるまで見送って部屋に戻った春香は早々にシャワーを浴びてベッドに潜った。

今日の出来事を一つ一つ思い返してみる。

プロデューサーと決めた新曲が嬉しくて鼻歌がとまらなかった事
美味しい喫茶店でプロデューサーとお茶をした事
プロデューサーとドライブした事
転びそうになった所をプロデューサーに助けてもらった事

何を考えてもプロデューサーの顔が思い浮かんでは、その度に胸の苦しさを覚え春香は小さく丸まってギュッと目を閉じた。



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