<好きって思いながらか…>
CM収録当日
律子「おはようございます。プロデューサー」
現地に集合した律子はプロデューサーと挨拶を交わす。
律子P「おはよう、律子」
プロデューサーが挨拶をするとプロデューサーの後ろから左右に顔が飛び出す。
亜美「おはよう律っちゃん」
真美「おはよう律っちゃん」
亜美と真美がぴょんと飛び出てくる。
律子「亜美真美?どうしてここに…」
プロデューサーに疑問を投げかけるとプロデューサーも苦笑した。
律子P「うーん、社長からのお願いでねぇ…後学の為に現場見学をってさ」
二人の頭を撫でながらプロデューサーは答えた。
亜美「律っちゃん、チョコのCMなんでしょー?」
真美「甘〜い匂いがする様な気がするよ〜」
嬉しそうに亜美真美がはしゃぐ。
律子「社長が仰ったんなら…しょうがないですけど、あまり騒ぐんじゃないわよ」
亜美と真美に向かって人差し指を立てる。
亜美「は〜い」
真美「は〜い」
二人が元気良く返事をする。
律子P「まぁ、律子はCMに集中して。二人の面倒は俺が見るから」
よしよしと二人を撫でていると二人はその腕にしがみついた。
律子P「じゃあ行こうか」
スタッフと挨拶を交わして亜美真美を連れてプロデューサーは裏方に回る。
律子はスタッフと挨拶を交わすと手渡された簡易な台本を真剣に読んでいる。
律子「ふむふむ…」
初めてのCM撮影にしては特に緊張はしていなかったが絵コンテの中に特に目を引くフレーズが一つ書かれていた。
あなたに届けたい 一言の想いを乗せて…
律子「う〜ん…好きって…事よね」
このフレーズがどう言う言葉でそれに合わせてどう言う演技を求められるのか律子は気付いた。
律子「難関だわ…」
スタッフ「それでは撮影を開始しまーす」
赤いダッフルコートを着た律子が準備に取り掛かる。
15秒用、30秒用と2つの撮影が始まる。
一つはチョコレートをそのまま宣伝したもの。
そしてもう一つはバレンタインを意識してチョコレート自体の宣伝効果は殆ど無い様に思えるものだった。
15秒用のチョコレートの宣伝の方は何事も無くこなせたのだが問題は30秒用の方だった。
バレンタインを意識して想いを伝えられない子がチョコレートに想いを乗せて渡す。
言ってしまえばそれだけの事なのだがどうしても律子には上手く演技が出来なかった。
何度もリテイクを重ねて少しの休憩に入る。
律子「(…経験値が足りないわね)」
思うように行かない律子のもとにプロデューサーと亜美真美が駆け寄ってくる。
律子P「大丈夫かい?律子」
律子「すいません、時間掛かってしまって」
済まなそうに律子は言った。
律子P「体調が悪いとかそう言うんじゃ無いんだよね?」
心配そうにプロデューサーが顔を覗き込むとプロデューサーの香りが律子を少し安心させた。
律子「いえ、体調は悪くないんですけどね…どう表現していいのか分からなくて」
律子の表情は暗かった。
上手く行かない自分に腹も立つ。
そして、それがまた演技にも影響をもたらす。
それをずっと繰り返していた。
律子「どう言う気持ちなんでしょうね、想いを伝える時って…」
そう言うと律子は小さく溜息を吐いた。
亜美「律っちゃんは兄ちゃんの事、好きなんじゃないの?」
律子「えっ?」
律子P「えっ?」
亜美の言葉に二人は驚いて顔を上げた。
真美「律っちゃんは兄ちゃんにチョコあげないの?」
真美が続く。
律子「そ、れは…その。あげ、るかな?」
その言葉に心配そうに見つめていた亜美真美の表情がパッと明るくなる。
亜美「じゃあ律っちゃんはやっぱり兄ちゃんが好きなんだねー♪」
真美「嫌いならチョコなんてあげないもんねー♪」
律子「それは、そうだけど…」
律子が見上げるとプロデューサーも照れくさそうに鼻の頭を掻いていた。
その姿を見たら何故だかこっちまで恥ずかしくなってくる。
亜美「じゃあ好きって思いながらやればいーじゃん♪」
真美「じゃあ好きって思いながらやればいーじゃん♪」
律子「…(好きって思いながらか…)」
言われてみて再びプロデューサーに視線を戻す。
思えば今までそんな風に感じたことは無かった。
と言うよりはそんな感情を知る事が無かった。
春香に言われてそう言うものなのかも知れないと気付いたのも最近の事だったし今まではそれを否定的に捉えていた。
好き?まさか自分が…。
きっとそう言う感情ではないだろう、そうに違いない。
そう自分に言い聞かせて納得してきた。
プロデューサーを見つめているとやはり鼓動が高鳴るし何処か落ち着いた感じにもなる。
好き…
律子「…っ!」
キュッと胸が締め付けられる様な感じがした。
律子「(…あ、あれ?)」
一瞬締め付けられたかと思った胸の奥が今度はフワリと浮いた様になって今度は落ち着かない。
ドクン ドクン と心臓の音が胸を突き破りそうに弾んでいる。
律子「…(なに、これ?)」
落ち着かせようと意識して深呼吸をするも少しも治まる様子が無い。
スタッフ「再開しますので準備をお願いします」
スタッフの一人が律子に声を掛ける。
律子P「律子?」
うずくまる様にして座っている律子に声を掛ける。
律子「大丈夫です…」
気持ち上ずりそうな声を必死で押さえる。
立ち上がってカメラの前に移動する。
プロデューサー達もその姿をカメラの後方から見守っていた。
5秒のカウントダウンが始まる。
4
3
視線の先にプロデューサーは立っていた。
2
意図せず目が合う。
1
頬を紅く染めて照れくさそうにリボンで飾られた小箱をそっと毛糸の手袋をした手で持ち上げる。
そしてカメラに向かって淡く笑みを浮かべる。
…
……
………
辺りからCM撮影の終了が告げられる。
律子「はぁーーーっ」
言いも知れない緊張感から開放されて律子はその場に座り込んだ。
それを見たプロデューサー達は急いで律子に駆け寄った。
亜美「律っちゃんだいじょーぶ?」
真美「律っちゃんだいじょーぶ?」
律子は二人の言葉に嬉しそうに溜息を吐いて立ち上がった。
律子「二人とも、ありがとう」
そしてチラッとプロデューサーを見上げる。
律子「その、どうでしたか…?」
一目見上げただけでその後は視線を合わす事が出来なかった。
律子P「あ、うん。今までで一番かわ…」
プロデューサーが言い終える前に律子は制した。
律子「ややっぱりいいいです!」
そう言うと耳を塞いだ。
律子P「ん?」
律子「恥ずかしすぎて聞いていられません!」
その話しを聞いてプロデューサーは微笑んだ。
律子P「分かったよ、何も言わない。お疲れ様、律子」
そう言ってポンポンと律子の頭を優しく叩いた。
4人でそうこうして話しているとスタッフの一人が駆け寄って来た。
腕に小さな籠を下げていて中にはCM撮影した新作のチョコが中に入っていた。
律子とプロデューサーが受け取ると持って来てくれた女性スタッフは笑顔で亜美と真美にも1枚ずつチョコを手渡してくれた。
お礼を言って大はしゃぎする二人にプロデューサーは膝を曲げ視線を落とし、微笑みながら「よかったね、二人とも」と声を掛けた。
亜美と真美は嬉しそうにチョコを抱いて「兄ちゃんも連れてきてくれてありがとう!」と満面の笑みを浮かべていた。
そんな3人の微笑ましい光景を律子は見つめていた。
アドバイスをくれた亜美と真美。
それを結果的に導いてくれたプロデューサー。
自分の気持ちに気付いてしまった事。
すぐ傍にパートナーが居てくれて嬉しいと思うと同時にこの感情を押し隠さなければいけない辛さがあることも律子は気付いていた。
プロデューサーとは8も歳が離れている。
ましてやアイドルとプロデューサー。
自分が感情のままに動いて今ここで全てを失う訳にはいかない。
そう思うと何だか少し寂しい感じがした。