それから数週間が過ぎた水曜日
プロデューサーは思い悩んでいた。
あずさは着実にファン数を増やしランクを上げているもののペースが本人に似てあまりにも遅い。
自分のプロデュースが間違っているのではないか?
もっと他の戦略があるのではないか?
そもそも自分はプロデューサーとしての才があるのか?
自問自答を繰り返しては徹夜をして企画書を練る日々を過ごしていた。
小鳥はそんなプロデューサーを心配しながら見つめていた。
この所、プロデューサーはいつも険しい表情をしている。
話しかければその時は一瞬和らぐもののすぐに元の表情に戻ってしまう。
小鳥も簡単な雑務を手伝ってはいたものの何かに追われる様に仕事をしているプロデューサーを見ているのも辛かった。
ましてやそれが好意を寄せている相手であれば尚更想いは強くなっていた。
小鳥はキーボードを打つのを止めるとプロデューサーを一瞥した。
プロデューサーは企画書を熱心に書き上げている。
時計を見ると小鳥も既に定時を超えて1時間が過ぎた頃だった。
そっと立ち上がり給湯室に向かう。
淹れたコーヒーをプロデューサーに渡しながら小鳥は挨拶をした。
「お先に、失礼しますね」
プロデューサーはコーヒーを受け取って笑顔で答えた。
「あ、ありがとうございます。お疲れ様でした」
言い終えるとすぐにプロデューサーは企画書に視線を戻した。
そんなプロデューサーを見て小鳥は何も出来ない自分をもどかしく思っていた。
翌日の朝
小鳥はいつもより早くに起きるといつもとは異なる道を通って早朝から開店しているベーカリーショップに立ち寄った。
適当なパンとサンドイッチを買って事務所に向かう。
事務所に着くと小鳥の予想通り鍵も開いており明かりも点いていた。
「おはようございまーす」
挨拶をしながら辺りを見回してみるとプロデューサーがコーヒーを片手に書類と睨めっこをしていた。
「あ、れ?音無さん…?」
プロデューサーは小鳥に気付くと腕時計を確認した。
「いつもよりも早いですね、今日何かありましたっけ?」
プロデューサーは考えるように首を傾げた。
「いえ、プロデューサーさんまた早くから来ているのかと思って」
そう言うと小鳥は茶色い紙袋をスッと差し出した。
「もし済んでたらアレなんですけど差し入れ持って…来ました」
少し照れながら言い終えると小鳥は紙袋を拡げて見せた。
焼きたてのパンの暖かな香りが袋から溢れ出る。
「あ、ありがとう…」
「あ、でもサンドイッチとかなんですけど!」
「いえ、全然!助かります、どうしようか迷ってたので」
小鳥が取り出したパンを受け取りながらプロデューサーは嬉しそうに微笑んだ。
パンを頬張りながら時折書類に目を通しているプロデューサーを小鳥は隣で見つめていた。
久しく見ていなかったプロデューサーの笑顔に安堵していた。
そして好きな人の為に何かをしてあげる事の嬉しさで小鳥の胸中はいっぱいだった。
胸の高鳴りと共にその気持ちは徐々に歯止めが効かなくなっていた。
それから一日の業務をこなし小鳥の定時が近付いてきた頃
空はすっかり薄暗くなっていた。
いつもの様に小鳥と営業から戻ってきたプロデューサーが二人きりで事務所の中に残っていた。
片や仕事も殆ど終わっている小鳥に対してプロデューサーは相変わらず何やら忙しそうに書類に書き込んでいる。
「今日も…徹夜ですか?」
忙しそうなプロデューサーに恐る恐る小鳥が訊ねるとプロデューサーは破顔した。
「多分、そうなるでしょうね…」
プロデューサーの答えに小鳥は何かを考え込む様に視線を落とした。
「…じゃあ、よかったら私何かお手伝いします。まだ時間はありますし」
小鳥は今思いつく限りの精一杯の気持ちを言葉にした。
プロデューサーは少し考えるとフッと視線を逸らした。
「お気持ちは有難いですけど…音無さんには任せられない仕事ですから」
言ってからプロデューサーは気付いた。
疲れが残っている所為か自分でも冷たい言い方をしてしまった事に…。
「あ…」
プロデューサーの言葉がズクッと小鳥の胸に重く突き刺さる。
痛みに息苦しさを感じながらもそれを押し隠して小鳥は笑顔を作った。
「そう、ですよね!すいません、でしゃばった事言ってしまって」
「いえ…」
「それじゃ、先に上がりますね♪」
それだけ早口に言うと小鳥は更衣室へと向かった。
パタンと閉じられたドアを見てプロデューサーは頭を抱えていた。
着替え終えて自然に頬を伝う雫を指で拭うと小鳥は事務所を後にした。