<無力と言う名の罪>

バレンティーナ

フランシーヌと旅を始めてから約半年。

彼女は本当に良く尽くしてくれている。

言わずとも甲板は毎朝磨いてくれるし、火の元のチェックは抜かりが無い。

ふとマルセイユの看板娘の顔が思い浮かぶ。

これも、誰かさんの教育の賜物かしら?

フフッ、今頃お上品なくしゃみをしている事でしょうね。

それとは別に彼女の縫製に関わる知識の吸収と言ったら目を見張る物があった。

染料や繊維、織物の知識は然ることながら上品な立ち振る舞い。

時には泥を掻き分けて物を探したり、水夫達を楽しませる事にも長けている。

まさかこれほどの逸材だったとは思いも寄らなかった。

彼女の身体は小さくとも、好奇心や才能はそうでもなかったと言う事かしら。

おかげでこれまでの航海、思ったよりも利益を上げる事が出来た。

私は酒場の隅で船員達が酒を呷る中、一緒になってミルクを飲んではしゃぐ彼女の姿を見つめた。

彼女ももう一人前の船乗りだ。

そろそろ次のステップに進んでみても良い頃合いかもしれない。

地中海を出てアフリカを超え、インドへの航路を取るのも…


私達はそれから1ヶ月間、地中海の名産品の購入に奔走した。

インドへの航路を取る3日前、秋風とヴェネツィアの酒場で合流しお互いの航路の相談をする。

ここヴェネツィアは水の都とも呼ばれていて街の外観そうなのだけど、何より港から見える海の色が宝石の様に美しい。

それに加え秋風好みの可愛らしい女の子が看板娘をしているので良く待ち合わせに指定されるのだった。

秋風「なるほど、インドかぁ。遠いねぇ」

バレ「フランシーヌもそろそろ真新しい物が見たいと思って」

私と秋風はラム酒の注がれたグラスを傾けながら揃ってフランシーヌの姿を眺めた。

彼女は秋風の副官ニーナと看板娘のエレオノーラの3人で談笑を交わしている。

年端も無く見えるエレオノーラだが彼女の方が若干年上なのかフランシーヌとは違ってラム酒を片手に話しをしていた。

それでも船乗りと看板娘らしく話しの内容は織物や美術品の相場の様だった。

秋風「あの時はどんな決断をするのかと思ってたけど、彼女の気持ちはもっと前に決まっていたんだねぇ」

秋風が言っているのは3ヶ月程前の歓迎会の事だろう。

バレ「そうね、私が思っていたより彼女はずっと大人だったのかも知れないわ」

秋風「まだ幼い顔してるのにね」

エレオノーラ達と楽しそうに話しているフランシーヌを見て秋風がクスリと笑った。

秋風「まぁ、フランシーヌなら大丈夫だよ。しっかりしてるからさ」

バレ「そうね」

秋風「ま、わっちも用事を済ませたらインドに向かうよ。カリカットで合流しよう」

バレ「ええ、じゃあまたカリカットで。フランシーヌ」

私の声にフランシーヌがこっちを振り返る。

バレ「行くわよ、支度なさい」

私が会計を済ませてる間にフランシーヌは手早く帰り支度をしてピョンと椅子から降りてきた。

フラ「エレオノーラさんもニーナさんもまたね♪」

途中の秋風にも手を振って彼女は後ろに付いて酒場を後にした。

バレ「明日出発するわよ」

フラ「はーい♪今度は何処ですか?北欧ですか?」

私はクスッと一つ笑って首を振った。

バレ「いいえ、もっと遠くよ」

フラ「おぉ、じゃあカリブ?」

バレ「貴方の好きな色の産地よ」

フラ「え、じゃぁ…」

フランシーヌの大きな瞳が更に輝きを増す。

バレ「インドよ。だから一旦マルセイユに寄ってイレーヌに顔を見せにいきましょう」

フラ「はい!」


その後、マルセイユでイレーヌに顔を見せた後、私達はインドに向けて本格的に航路を取った。

商用クリッパー”ブルーメンガルテン”

快速船とは言え荷物を満載しての船旅

ましてや行く先がインドともなれば最低でも2ヶ月は見ておかなければならない。

私は航路の組み立てをフランシーヌに説明した。

バレ「いい?ここセビリアを出たら次はカーボヴェルデ。アセンション島を経由して補給を済ませたらケープへ」

フラ「うんうん♪」

バレ「その後はちょっと航行距離を延ばしてタマタブ・ソコトラ・カリカットと」

フラ「えへへっ、楽しみだなぁ♪」

バレ「距離も長いし、気候も違うから体調に異変を感じたらちゃんと言うのよ?」

フラ「うん♪」

バレ「さ、早速出発しましょうか!」

フラ「はーい!」

セビリアを出て途中、嵐や突風に見舞われもしたが初めての航路ではない事もあって順調に船は進んでいく。

フランシーヌは異常なまでの暑さに最初の頃は心身共に疲弊していたけどタマタブを出る頃にはすっかり慣れている様だった。

この調子ならソコトラを経てカリカットまで問題なく行ける

ソコトラを目前に控え私も含めた全員がそう思っていた事だろう…


ドォーンッ!

後方から重たい大砲の音が鳴り響いた。

誰かが海賊退治でも始めたのだろうと思っていた私の予想に反して”ブルーメンガルテン”を掠めて海面に着弾した。

バレ「は?何が起きてるのよ?」

私は見張り台にいる船員に尋ねた。

見張り船員「わかりやせん、6時の方向に見える商船が撃ってきたみたいですが…」

私は船尾に駆け寄ると輸送用ガレーが物凄い船速で近づいて来ている。

こちらの準備を他所に次々と轟音が掠めていく。

その内の1発が帆に直撃した。

バレ「帆が破られたわね…。一体、商船が何故…」

見張り船員「船長!」

バレ「なに!?」

見張り船員「奴ら帆を…あれは、あの紋章。バルバリア海賊です!」

バレ「バルバリア海賊?なんでこんな所に居るのよ!?それに…っ!?」

私は船内を見回した。

フランシーヌは荷物の隅で耳を塞いでしゃがみ込んでいた。

バレ「フランシーヌ!」

私はフランシーヌの傍に駆け寄り抱きしめた。

カタカタと抱きしめた腕から震えが伝わってくる。

フラ「あ…ぁ…バレ、ナさ…あ、たし…」

バレ「フランシーヌ、良く聞いて。奴らが接舷したら反対側に救命具を一つ落とすから、貴方は逃げなさい」

フラ「ば、バレンティーナさ…は?」

バレ「私の事は心配しなくていい。解ったらさっさと準備なさい!」

見張り船員「接舷されやす!」

バレ「速いわね…」

私は銃とサーベルを抜いてフランシーヌの傍を離れた。

接舷される方とは反対側にフランシーヌを逃がす為の救命具を落としておく。

ドゴン

と鈍い音がして船体をぶつけられたかと思うと馴れた手付きで接舷用のコーヴァスが下げられる。

次々と総勢150もあろうかと言う敵の船員が乗り込んでくる。

勝敗は既に決まっていた。

船旅になれた水夫達とは言え20人程しか乗っていない商用船。

接舷されてから数分後、銃声は止み船内には敵味方の死屍累々が築かれ甲板から漏れた血が海を赤く染めていた。

その船に残ったのは海賊と捕縛された私、それと身を隠しているフランシーヌだけだった。

海賊「お頭、船長らしき女を見つけやした」

バレ「貴方達、バルバリア海賊が何でこんなところにいるのかしら」

バルバリアの海賊達は主にアルジェ周辺を拠点にしている。

ましてやここ、ソコトラ周辺は他の海賊達の縄張り。

お頭「ほう、気の強い女だ。この状況でそんな口が叩けるたぁ」

下衆な笑みを浮かべてお頭と呼ばれた男が近づいてくる。

お頭「なぁに、俺らも不景気でなぁ。先の不戦協定のおかげで獲物が減ってるわけよ」

私の船を拿捕した高揚感からか得意げに話す海賊船の船長を尻目に私はフランシーヌの居る方に視線を追いやった。

船員が全員で私を取り囲んでいるお陰で気付かれずにフランシーヌは脱出出来そうだ。

もう一押しで逃げられそうね。

バレ「その協定の中にはフランスとイスパニアの船が入っていなかったかしら?」

お頭「かもしれねぇなぁ」

バレ「なら何故!」

お頭「それは地中海の話。地中海の外なら関係ねーな。ガハハハハッ!」

なんて子供染みた…

バレ「協定違反は許されないわよ」

お頭「お前の船は専用船じゃないからな、旗だけ折っちまえばわからねぇよ」

バレ「フッ、バルバリアの海賊も堕ちたものね」

お頭「なぁにぃ?」

バレ「そんな子供みたいな事言って。協定一つ守れないなんて。気高き誇りはゴミと一緒に捨てたのね」

お頭「なんだと!」

海賊船船長のサーベルが抜かれ喉もとに突きつけられる。

乗った!

そう思った矢先だった。

フラ「バレンティーナさん!」

お頭「あぁん?」

船の縁に立っていたフランシーヌが声を上げた所為で全ての視線が集中される。

どうしてあの子は…

お頭「なんだぁ、あのガキは」

海賊船の船長がフランシーヌに近づこうと一歩踏み出した時、別の船員が声を上げた。

船員「お頭!かなりの速さで船が近づいてきやすぜ!」

お頭「ちっ、めんどくせえ。丁度いいこの船で逃げるぞ!」

船員「あいつはどうしやすか?」

再び視線がフランシーヌに向けられる。

お頭「撃ち殺して海に捨てとけ」

船員「わかりやした」

バタバタと船員達が慌ただしく航行の準備をする中、一人の船員がマッチロック式射撃銃をフランシーヌに向けて構えた。

逃げて!

目で合図を送ってもフランシーヌは動けずにいた。

無理も無い。

あれからいくらかの時間が経ってしまった。

救命具は当に流されてしまっただろう。

泳げない彼女には撃ち殺されるか溺れ死ぬかの選択肢しか残されていないのだ。

それでも

それでも、撃たれずに済むなら生き長らえる事があるかも知れない…

幸い、違う船が近づいてきていると海賊は言っていた。

奴らの反応からして仲間だとは考え難い。

一縷の希望があるのなら!

私は油断している船員後ろ足で蹴り上げ、銃を構える船員に思い切り体当たりした。

船員「ちっ!こいつ!」

彼女が海に落ちるまでの時間が少しでも遅れれば!

それでも後ろ手に縛られた私の抵抗は長くはもたなかった。

ガンッ

後頭部に鈍い痛みが走り視界が揺れた。

体勢が崩れ意識を失う直前

銃声が一つ

聞こえた…

 SS寄り