秋風
秋風「あつぅーい…どうしてこうもアフリカは暑いかね…」
じりじりと焼ける様な日差し、照り返す海の光
わっちは手元にある水筒を一飲みする。
ニーナ「何時になったら赤道の気候に慣れてくれるんですか…」
秋風「暑いものは暑いんだよ…」
ニーナ「まったく…」
こんなクソ暑い中でもニーナはキビキビと船員達に指示を出している。
一方のわっちは水を飲みながら舵を取っていた。
タマタブに寄った時にバレンティーナの船がちょっと前に発ったと聞いたので後を追う様に出発したのだった。
ニーナ「まぁ、途中まで”逢瀬”で来たのである程度追いつきましたが今は”大償(おおつぐない)”なのでゆっくり行きましょう」
そう、わっちらはバレンティーナの”ブルーメンガルテン”と同じ船で追いかけタマタブで乗り換えたのだった。
商用大型ガレオン”大償”
商用とは名ばかりの改造でわっちは主に対海賊用に使用している船だった。
その為に”逢瀬”に比べて遥かに船速が落ちるけど、この辺は物騒なのでそれは仕方がない。
わっちはバレンティーナ程、注意深く無いからいつも海賊やらに追い掛け回される…。
快速船で突っ切るのもわっちには至難の業だった。
まぁ、沈められるよりはマシなのだから文句は無いけど。
カリカットはもう殆ど目の前だからニーナの言う通りの〜んびり行こうかね。
そう思っていた矢先だった。
前方から大砲の轟音が響いてきた。
秋風「おぅおぅ…ドンパチが始まったみたいだねぇ」
あちきの独り言と同時にニーナが甲板の舳先に立って望遠鏡で前方を確認する。
ニーナ「輸送用ガレー?商船ですが…紋章が!?」
秋風「どしたん?」
ニーナ「船長、バルバリア海賊です!襲われているのは…”ブルーメンガルテン”ですっ!」
秋風「はぁ!?」
わっちは水夫に舵を任すと遠眼鏡を取り出して戦域を確認する。
ニーナの言う通り、バルバリア海賊の紋章を付けた船に襲われているのはバレンティーナの船だった。
ニーナ「船長!フランシーヌさんが!」
船の縁に立ってシュラウドに捕まっているフランシーヌから少し離れた場所に捕縛されたバレンティーナ、
それに銃を構えた男が数人確認出来た。
秋風「まずい状況だね…」
わっちは遠眼鏡をしまって舵を取り直すと声を上げる。
秋風「総員、戦闘の準備しなっ!一戦交えるよ!」
わっちの言葉に水夫が雄叫びを上げる。
サーベルを抜く金属音が辺りから鳴り広がる。
ニーナ「”ブルーメンガルテン”が離れていきます!」
秋風「拿捕した船で逃げる気か…」
帆を一部破られているとは言え向こうは快速船…
幸か不幸か追い風に吹かれている今、風に乗られてしまえば”大償”には追いつく事は出来ないだろう。
チャンスは向こうが風に乗り切るまでの間しかない。
それはほんの一瞬か…
秋風「ニーナ!」
わっちが声を掛けるとニーナは既に縁にマストから降ろしたロープを携えて立っていた。
秋風「流石、解ってるねぇ♪」
最大船速の”大償”が風に乗り始めた”ブルーメンガルテン”を追い詰めていく。
バレンティーナの船の船尾に追いついた時
ボン!と布を張る音がした。
秋風「くそっ!あいつら予備帆まで…ニーナ!」
ほんの一瞬”ブルーメンガルテン”の横を掠めたと同時にニーナはロープを使って飛び出した。
ニーナは短銃構え銃を構えていた男を一発で撃ち抜くと短銃を投げ捨てその手でフランシーヌを抱えて戻ってくる。
その間、船員がニーナを撃たせぬ様、威嚇射撃放っていた。
ニーナはフランシーヌを抱えて甲板に着地するとぐったりとしたフランシーヌをおんぶして船室に連れて行った。
”ブルーメンガルテン”は速度を更に上げ、見えなくなるまでには数時間もなかった。
(バルバリア海賊が何故…?わっちらの船には手を出さない決まりだったはず…)
考えに耽っているとニーナが船室から戻ってきいた。
秋風「フランシーヌは?」
ニーナ「気を失っているだけで外傷は無さそうです」
秋風「そうか…インドは目の前だったって言うのに…災難だったね」
ニーナ「えぇ…フランシーヌさんが、可哀想です…っ」
ニーナに視線を移すと俯いていて表情は見えないものの微かに肩が震えている。
(おやおや、あれほど他人に対して無関心だった子が…)
わっちはバンダナを巻いたニーナの頭をポンポンと軽く叩いた。
秋風「ご苦労だったね、ニーナ。下がってフランシーヌの傍にいておやり」
ニーナは無言でコクリと頷くと船室に戻っていった。
秋風「さぁてと…ソコトラでフランシーヌの回復を待とうかね」
途中経過にイレギュラーはあったものの当初の予定通りわっちはソコトラに駐留する事にした。
ソコトラに駐留してから1週間が過ぎた。
フランシーヌ達が襲われてから2日間が過ぎた頃、フランシーヌは意識を取り戻した。
船員達を目の前で殺されバレンティーナを連れ去られた恐怖と慟哭からか気がついた時は酷く取り乱していた。
フランシーヌが落ち着くまで付き添いをニーナに任せてわっちはその間ソコトラに借りてある倉庫を物色する。
炉を借りて型を抜き部品を一つ一つ丁寧に仕上げていく。
完成品を持って戻るとニーナが声を掛けてきた。
ニーナ「よろしいですか?」
秋風「ん、フランシーヌの事かい?」
ニーナ「はい…気がついてから食事も殆ど手をつけてません…。」
秋風「そうか…思ったよりも重症だね。待ってれば落ち着くと思ってたけど」
ニーナ「このままでは…」
秋風「ふむ、回復の見込みが無いならそろそろ動こうか」
ニーナ「はい…」
わっちはふとニーナの顔を見上げた。
全く…
フランシーヌが食事をしないからって自分までやつれる事は無いだろうに…この子は
秋風「何かあったらわっちがバレンティーナに殺されちゃうよ」
わっちが一つ笑うとニーナもクスリと笑みを取り戻した。
ニーナ「ですね」
秋風「よしと、じゃあ早速出発するかね」
ニーナ「かしこまりました」
準備をしようと振返ったニーナをわっちは呼び止めた。
秋風「ニーナ」
振り向き様のニーナにわっちは出来立ての短銃を放り投げる。
ニーナ「っ!…これ、は?」
受け取った銃を見つめてニーナは呟く。
秋風「前と同じのタレット式で良かった?」
ニーナ「え?」
秋風「わっちの目を誤魔化せるとでも?」
驚いた表情をしていたニーナはわっちの言葉を理解すると視線を落とす。
ニーナ「…」
秋風「そんなに落ち着かない様子でこれからの段取りが上手くいくとは思えんな」
ニーナ「しかし…あれは私の勝手な判断でした事です」
秋風「商会の証を海に投げ捨てた事かや?」
ニーナ「はい…証を自ら放棄した事に違いは…っ!?」
わっちはニーナの頭を抱え込むようにして抱きしめた。
秋風「どうして何時もそんなに厳しいんだい?自分にも他人にも。よもやわっちがお前をクビにするとでも?」
ニーナ「はい…」
秋風「全く…。皆して真面目過ぎるよ、お前達は」
わっちはニーナの髪を梳く様に撫でてやった。
秋風「お前はフランシーヌを助ける為にやった、片手が塞がっている以上あーするしか無かったろうに…」
ニーナ「ですが…」
秋風「絆を守る為に証を捨てた、自分の大切な者の為に…わっちはその思いがあれば充分じゃと思うけど?」
ニーナ「…」
秋風「良くやったね、ニーナ。その銃は褒美として取っておきな、無いと落ち着かないんだろ?」
ニーナ「ありがとう…ござい、ます…」
よしよしとニーナの髪を一撫でしてわっちは傍にあったジュストコールを羽織った。
秋風「フランシーヌを連れておいで。スエズに向けてすぐ出発するよ」
ニーナ「スエズ…ですか?」
秋風「フランシーヌにはつらいかも知れないけど運河を使った方が断然早いからね」
ニーナ「しかし、表立ってその道を通ってしまって良いので?」
秋風「四の五の言ってられないよ、バレンティーナも捕まってるんだし」
わっちが言うとニーナは人差し指で涙を拭って一礼するとすぐに準備に取り掛かった。
大急ぎでスエズ運河を渡ってわっちらがアルジェに着いたのは出発から2週間後だった。
バルバリア海賊の根城はもう目と鼻の先だ。
が、問題はがあった。
どういう手段を取るにせよ目立つ行動は避けたい。
相手はバルバリアの海賊なのだ。
正面から乗り込めば負けずとも手痛い歓迎を受けるだろう。
その後、面子を取り戻す為の報復行動に出るかも知れない。
いちいち付回されてたんじゃ今後の活動に支障が出るのは想像するに易かった。
何としても秘密裏に話しを治めたいと言うのがのがわっちの本心だった。
わっちはニーナを呼び出した。
秋風「フランシーヌの調子はどうだい?」
わっちの言葉にニーナは黙って小さく首を振る。
秋風「そうか…バレンティーナを助け出すまではずっとこの調子かねぇ…」
ニーナ「そろそろ、限界かもしれません…パンも毎日一口、口にするかしないかですから…」
秋風「そうだね…。解った、早めに解決出来る様にしようかね。お前も今日はゆっくりお休み」
ニーナ「はい…。しかし、船長もあまりお休みになられてないのでは…?」
大きな瞳が心配そうにわっちを見つめる。
我ながら無理があると思いつつもわっちは薄く笑った。
秋風「なぁに。これが終わったらしばらく休むから、その時はニーナに任せるよ」
ニーナ「フフッ、かしこまりました。それでは、失礼致します」
ニーナが部屋から出た後、わっちはずるずると背もたれを滑って浅く腰掛け深い溜息を吐いた。
秋風「さてと、どうしたもんかねぇ…」
その日から慎重に事を進める為、根城を目の前に策を弄して1日が過ぎた。
日が昇った頃、慌ただしくドアを開けてニーナが飛び込んできた。
ニーナ「船長!」
秋風「はぁ…」
嫌な予感がする…
ニーナ「フランシーヌさんがいません!」
やっぱり…
秋風「だろうと思ったよ…。ニーナ、全員集めて。今後の話しをしよう」
ニーナ「かしこまりました!」
秋風「それと」
ニーナ「?」
秋風「これはお前の責任じゃないんだから、気に病むんじゃないよ」
ニーナ「…はい」
ニーナが出て行ったのを確認してわっちは椅子の背もたれに掛けてあったコルセアコートに袖を通す。
秋風「あーぁ、人生思い通りに行かないもんだねぇ…」