「君は彼女のお友達?」
そう言うプロデューサーの言葉に冗談は無かった。

見開いた千早の瞳から涙が一滴頬を伝って零れ落ちた。

伊織はその場に泣き崩れていた。

関を切った様に溢れ出る千早の涙はリノリウム張りの病室の床に水滴を落としそれを拡げていった。

美希P「…美希」
美希もそんな二人を見つめながら瞳に涙を浮かべていた。

美希P「美希…二人を千早の病室に…」

美希「う…ん、千早さん肩貸してあげるから…いこ?でこちゃんも…」
美希が二人を連れて隣の病室に向かう。

美希P「…」

千早P「あなたは?」

美希P「さっきいた茶色いショートカットの子のプロデューサーだよ」

千早P「プロデューサーさんですかぁ、じゃあ彼女は芸能人なんですね」

美希P「何も覚えてないのか?」

千早P「んん、そうなるんですかねぇ?さっきもお医者さんにそう言われたんですけど…」

美希P「聞かれても解るわけないよな…」

千早P「はい…すいません」

美希P「謝る必要は無いよ。急がなくていいから思いだしていこう。俺達も手伝うから」
美希のプロデューサーの言葉に千早のプロデューサーは何処か懐かしく思っていた。

千早P「はい、有難うございます」

美希P「それじゃあ俺は隣の様子を見てくるから」

千早P「あの!」

美希P「ん?」

千早P「隣に誰か居るんですか?」

美希P「あぁ、如月千早って言う女の子。さっきいた髪の長い子だよ。君と一緒に運ばれてきたんだ」

千早P「如月、千早…さんかぁ」

千早の病室で十数分間、3人は押し黙っていた。

美希が千早に何度か話し掛けたが千早は応えられなかった。

千早はベッドに横たわり、伊織は椅子に座って、美希は窓から外を見ていた。

そんな重苦しい沈黙を破ったのは伊織だった。

伊織「ちょっと、顔貸しなさいよ」

美希「なんで?千早さんを独りにしたくない」

伊織「話があるのよ、とりあえず来なさい」
真剣に訴える伊織の気持ちを察したのか渋々美希も伊織に続いて病室を後にした。

美希「わかったよ。千早さん、ちょっと行って来るね」

丁度その時美希のプロデューサーも千早の病室に向かって来ていた。

美希P「おっと、今行こうと思ってたんだけど」

伊織「アンタも一緒に来て」
それだけ言って伊織は止まりもせずに外に向かって歩いていた。

外は既に夕方と言うに相応しいくらいの夕焼けが空をオレンジ色に染め上げていた。

美希P「何なんだ、外に連れ出して」

伊織「喉が渇いたわね、私はロイヤルミルクティーでいいわ」
伊織がサッと髪をかき上げる。

美希P「んなっ!?」

美希「ミキ、メロンソーダ」

美希P「はぁ…はいはい」
仕方なくプロデューサーは自動販売機に向かって歩き出した。

伊織と美希は更に少し歩いて灰皿のあるベンチまで歩いていった。

伊織「たばこの煙ぐらい、我慢できるわよね?」

美希「うん。でこちゃんは?」

伊織「我慢するわよ。ホントは嫌よ。アンタのプロデューサーの為にここに移動するのなんか…」
伊織「でも、今の千早に比べたら…」

美希P「買って来ましたよっと。伊織ちゃんはミルクティーと美希はメロンソーダ」

伊織「ご苦労だったわね。一服してもいいわよ」

美希P「偉そうに…って煙嫌じゃないのか?」

伊織「嫌よ。でも少し落ち着いて聞いて貰いたい。千早の事…」
そう言うと伊織は少し目を伏せた。

美希P「そうか…じゃあお言葉に甘えて」
プロデューサーは風下に移動して煙草に火を点けた。

静かに煙の行方を追っていると伊織が重い口を開いた。

伊織「プロデューサーが記憶が無いのは知ってるわよね?」

美希「うん」

美希P「連絡も貰ったしな。さっき聞いたら一時的なものだとも言ってたけどその一時的がどれだけ続くかは解らないからな…」

伊織「それはいいわ。アンタ、さっき千早に話しかけて何か感じなかった?」
伊織は美希に問いただした。

美希「何も答えなかった。こっち向きもしなかったし。プロデューサーの事ショックだったのかなぁ?」

伊織「違うわ。そんなに単純な事じゃない」

美希P「と言うと?」

伊織「千早はアンタの言葉に答えなかったんじゃない。答えられないの」

美希「どーいう意味?」

伊織「千早…喋れなくなったの…」
言い終えると伊織はギュッと目を瞑った。

美希「え、ぇ?しゃ…べれ、ない?」

美希P「声が…出ないのか?」
プロデューサーの言葉に伊織は黙って頷いた。

伊織「声帯が潰れた訳じゃない、一時的なショックでって医者は言ってたわ。でもでも…」

美希「う、そ…」

伊織「声が出ないって解ったときの千早の震え方は普通じゃなかった…見てて辛いくらいだった」
伊織「それもそうよね、千早にとって歌は命だもの…声は命だもの…うっ」
伊織は再び涙を零し始めた。

美希P「それでさっき…」

伊織「だって!声も失くして、その上プロデューサーの記憶も失くしてたなんて知ったら…知ったらぁ」
伊織の言葉に二人は何も言う事が出来なかった。

伊織は伊織で普段は高飛車だが仲間意識はちゃんと強く持っているのが解った。

美希「ごめん!ごめんね、伊織」

泣きじゃくる伊織に美希は頭を下げた。

美希「伊織に辛い思いさせたのは美希がお願いしたからだね、ごめんね」

伊織「そんなこと、そんなことない!美希は悪くない。でも…でもぉ。千早が可哀相だよぉ」
二人して泣きじゃくる美希達を見てプロデューサーは少し誇りに思った。

弱肉強食のこの世界でここまで仲間意識が強い765プロダクションのアイドル達が心強くも思えた。

美希P「ほーら二人とも。泣いてても始まらないぞ。そんなに顔くしゃくしゃにしてたら律子に怒られるぞ?」
そう言ってプロデューサーは二人の髪をくしゃっと撫でた。

美希P「それより、俺達もやることをやるしかない。手伝える事手伝って。仕事も二人の励みになるかも知れないぞ?」
美希P「<スピーディスター>も<ディア マイン>も仕事はあるし、それを見た二人が早く復帰出来る様にやれることやろう!」
二人は泣きじゃくりながらもコクリと頷いた。

美希P「ほら、二人とも今日は送るから。とりあえず二人は千早に挨拶して帰ろうな。てことで泣き止んでくれ…」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら二人は涙を止めようと必死に堪えた。

そうして千早の病室に向かうと千早は上半身を起こして座っていた。

先程のショックも少し和らいだのか少し無理はあるが笑顔で二人を出迎えた。

伊織「千早、また来るからね」

美希「ミキも、お休みの日は来るから!」
二人の言葉に千早は少しオーバーに口を動かした。

千早「…(ありがとう、がんばって)」
二人を見送って千早は明日からの事を考えていた。

声が出なくなってしまった事…

プロデューサーの記憶が無くなってしまった事…

考えても答えが出るはずも無かった。

そんな事を繰り返し考えていると寝るに眠れなかった。

うだうだと寝返りをうっているとふと冷蔵庫の傍の小さな棚に小さなメモ帳が置かれていた。

よろよろとベッドから降りて歩いて手に取るとそれはプロデューサーの持っていた手帳だった。

何かで拭かれたのか皮製の手帳はやけに艶を放っていた。

返さなければと思いつつ中身には少なからず興味があった。

それを胸に抱いていると何だか少し安心した気がしてウトウトと千早は眠りについた。

<傷ついた片翼と千の希望>

 SS寄り