それからしばらくしたある日

「葛木さん、ちょっといい?」
下校前に窓からぼんやり空を眺めていたら話した事も無い女子生徒から声を掛けられた。

「えっと、何か用かしら?」

「ちょっと来てもらいたいんだけど」

「ど、どこに?」

「いいから、ちょっと一緒に来てよ」

「別に、構わないけど…」
不審に思いながらもその子に着いて行くとやたらと人気の無い場所に別の女子生徒の姿が3人目に入った。

この状況って…

「ご苦労さま」
中でも一際派手な子が高圧的な態度でそう言うと私を連れてきた女子生徒はそのまま踵を返して走っていってしまった。

うわぁ…これってもしかして…。

チラリと彼女視線が私に移る。

その瞬間

左の頬に衝撃が走った。

「え!?」
いきなり殴られるような事を私はした覚えが無い。

「あぁ、すっきりした。それじゃ本題に入るけど、一ノ瀬くんと別れてくれない?」
何?なに?何を言ってるの?何を言ってるのか全然解らない!てか話す前にいきなり平手?

「ちょっと、待ちなさいよ…」

「は?」

「何がなんだか全然解らないんだけど。それにいきなり平手はないんじゃないかしら」
じわりじわりと熱を持った頬を擦りながら言っていると段々腹が立ってきた。

キッと睨むと同時に右手を振り上げる。

パーンと弾ける様な音が木霊した。

派手な子が頬を押さえると周りの二人は青ざめた表情で様子を窺っている。

「私は一ノ瀬くんと付き合ってないから別れるも何もないわよ」
それだけ言い終えると私は教室に向かって歩き出した。

「覚えてなさいよ…」
後ろからそんな言葉が聞こえた。

教室に戻って鞄を取ると私はいつもの様に独り帰路に着いた。

そしてしばらくするとこれもまたいつもの様に後ろから声を掛けられた。

一つ小さく溜息を吐いて振り返るとやはり一ノ瀬くんだ。

「最近、良く会うね」

「最近お金が無くて寄り道してないからな、バイトは土日しかしてないし」

「ふーん」

「葛木はバイトとか…って、お前頬腫れてるけど何かあったのか?」

「え?あ、あぁ。ちょっとね、大したことじゃないんだけど」
そう言う私の顔を見て彼は心底心配している様だった。

「虐められたりとか…」

「違うってば、でも…」

「でも?」

「でも…一ノ瀬くんは、私と一緒にいない方が良いかも知れない」
私の言葉を聞いて彼は案の定理解不能と言う言葉を表情に表した。

「どう言う意味だ?」

「嫌いとかそう言うんじゃなくて、私と居ると迷惑な事が起きるかも知れないし…もしかしたら命も…」

「まさかそんな事が―」

「何が起こるかなんて解らないじゃない…」
私に言葉を遮られて彼は少し疑問めいた表情を浮かべて再び口を開いた。

「それは葛木が友達を作りたがらないのにも何か関係があるのか…?」
その言葉に私はハッとした瞬間に諦めた。

「そうか…」
私はその後、雪乃の事を少しだけ話した。

そう言う親友が居た事。

そしてその子はもう居なくなってしまった事。

その間、彼は真剣に私の話しを聞いていた。

いつもの十字路で彼が立ち止まる。

「今日はありがとうな、話しをしてくれて」

「ううん」

「まぁ、残念だけどこれからは別の道にするかな」

「ごめんね、わがまま言って」
私が謝辞を述べるとコツコツと彼の革靴が鳴った。

ポンポンと頭を軽く叩かれる。

「気にするなって、でも何かあったら相談しろよな」

「うん…あんな事言ったけど、貴方は私の友達だと思ってるからその時は相談するわね」

「友達か…ま、それでもいいか。じゃぁ、また明日。学校で!」
複雑な面持ちそう言うと彼は手を振って歩き出した。

小さく溜息を吐いて罪悪感を抱えたまましばらく歩いていると冷たい感触が頬に走った。

「雨…?」
ふと空を見上げると鼠色の曇天が広がっている。

ひとつ、ふたつ、みっつと水の感触を腕や頬が感じていると雨は瞬く間に音を立てて降り始めた。

家まではもう少しあるのに…ついてない。

雨宿りする所も無く私は仕方なししそのまま歩き出した。

あっという間にずぶ濡れになった髪がまとわりつく。

本当に今日はついてない。

いきなりはたかれたり、雨に降られたり…。

さっき雪乃の話しをした所為かなんだか哀しくなってきた。

ニー ニー

突然聞こえた鳴き声に辺りを見回すと小さなダンボールが電信柱の隣に置かれている。

中を覗いてみると一匹の子猫が必死に鳴いていた。

雨の音と激しさに怖がっている様に見えた。

「お前、どうしたの?」
私はしゃがみ込んで子猫を抱きかかえた。

子猫は嫌がる素振りも見せずに私に抱きかかえられたまま小さな鳴き声を上げていた。

「お前、独りなの?お母さ…は、いない…の?」
理解出来ない筈の私の問いかけに寂しそうに返事をしているような鳴き声が私の気持ちと共鳴していた。

お母さん…

雪乃…

帽子君もネムリネズミもハリーも親方も女王もトランプ達もウミガメモドキも時間君もジャムパンやアンパン達…。

つっと温かい物が頬を伝う

きゅっと胸の奥が痛む

私は

私は元気にしているよ?

私が元気にしていると、皆に会えないのは解っているけど











チェシャ猫…











一目でいい











会いたいよ…


 SS寄り