<relations>
「1ヵ月と10日後の年始ライブでの初公開に向けて『relations』のプロモーションビデオを作るぞ!」
プロデューサーが不意にそんな事を言い出したのはライブの休日明けの事だった。
「ホントにっ!?」
美希がガタッと椅子から立ち上がった。
「本当だよ。ちょっと早いかも知れないけど早目に作っておいて損は無いだろ?」
「そうですね。何かのきっかけで収録が押す事も考えれば早い方がいいですね」
冷静に答える千早に反して美希はガタガタとテーブルを鳴らしている。
「美希少し落ち着いてくれ…」
呆れ顔でプロデューサーは言ったが美希には聞こえてなかった様だ。
「楽しみ〜ぃ!何時から何時から?」
はしゃぎながら美希が問う。
もちろん美希がはしゃぐのは『relations』を歌える嬉しさからもあったがプロデューサーと一緒に帰った夜からずっとこんな調子だった。
「収録は明日から始めるけど構成の打ち合わせはもう俺がしてあるよ」
そう言うとプロデューサーは二人に脚本を配った。
「取りあえず目を通しておいてくれ。明日は歌の収録があるから喉の調整と早目に終わればロケ地の見学に行くからそのつもりで」
「はーい♪」
「わかりました」
「よし、じゃあ今日は解散だ。自主レッスンをしてもいいし、休んでもいいから。何かあったら呼んでくれ」
プロデューサーはそう告げるとミーティングルームを後にした。
「嬉しそうね、美希」
いつもよりはしゃいでいる美希を見ながら千早は言った。
「うん♪『relations』ずっと歌って見たかったの!」
ニコニコと笑顔が絶えない様子で美希は応えた。
「そう。あまりはしゃぎ過ぎて転んだりしないようにね」
千早は注意を促すが美希はやはり聞こえてないようだった。
「ふぅ…仕方ないわね。私はレッスンしてくるわね」
千早が出て行った後も美希もしばらくミーティングルームから出てこなかった。
「う〜っ♪楽しみだなぁ。上手く歌えるといいなぁ♪」
収録当日
<ティアラ>の二人は歌の収録を難なく終え撮影のロケ地を見に来ていた。
「明日はここで撮影するからそのつもりで。衣装は合わせてあるからな」
「お洒落な感じのする町並みですね」
千早が店並びを観察しながら言う。
「色んなお店があるねっ!」
「歌詞に合った風景で撮ればそれだけ印象に残るからな。全部ここってわけじゃないけど」
「基本的に夕方以降に撮影することになるから昼に来て軽く打ち合わせをしてから撮影に入る事になるな」
脚本をペラペラ捲りながらプロデューサーが言うと美希はそれに応える様に抱きついてきた。
「今度ここでデートしようねっ!ハニー♪」
「収録が無事に終わったらな」
プロデューサーは苦笑しながら返事をした。
ピピピピピピッ ピピピピピピッ
不意にプロデューサーの携帯電話が鳴った。
「誰だろ?」
発信者を確認するとプロデューサーは美希達から離れて会話を始めた。
「…………」
少し慌てた様子で電話をしているプロデューサーを二人は見つめていた。
パタッと携帯電話を閉じてプロデューサーが戻ってきた。
「すまない。じゃあとりあえずここで解散するけど、余り遅くならない内に帰るんだぞ?」
「わかりました。プロデューサーは?」
「俺はもうちょっとここを見てから帰るよ、夜の風景も見ておきたいからね」
「そうですか。美希はどうするの?」
「ミキは、帰ろうかな?ハニーがお仕事してたら邪魔できないし」
ねぇっ!ハニー♪と言わんばかりに美希は満面の笑顔をプロデューサーに向けた。
「そ、それもそうだな…帰って休むのがいいかもしれないな。明日からハードスケジュールだし」
急に話しを振られて戸惑ったのかプロデューサーの言葉は少し違和感があった。
「そうですね、では私はこれで」
千早は軽く頭を下げると踵を返して歩いていった。
「あ、待ってよ千早さん!じゃあ、また明日ね!ハニー♪」
次いで美希も千早の後を追って駆けて行った。
二人を見送るとプロデューサーは腕時計を確認した。
その夜
美希は明日のロケ地に向かって歩いていた。
明日のイメージを掴む為に夜の景色を見ておきたかった。
ついでに言えばプロデューサーを見つけられればまた一緒に帰れるかもしれないと思っていた。
まださほど遅くない時間帯なので立ち並ぶ店舗はまだ明かりを灯していた。
街路樹もキレイにイルミネートされていて昼間とはまた違った印象を受けた。
「あっこの服可愛いなっ♪ハニーこう言うの好きかな?」
淡い色のワンピースをガラス越しに見つめながら美希は嬉しそうに微笑んでいた。
プロデューサーと一緒に歩いてみたい。
ショッピングをしたり、食事をしたり。
同じ柄のマグカップを選んだり、プロデューサーの服を見立てたり。
楽しく過ごして、その後は…。
「きゃんっ!ミキ何考えてるんだろ…恥ずかしいの…」
火照った頬を冷ます様に両手で頬を覆った。
色んな事を考えながら店を一つずつ見て回っていると一つの貴金属店に辿りついた。
「あ…キレイ」
高級そうなダイヤの散りばめられたリングが明かりで七色にキラキラ輝いている。
「高そうなの…」
そう思いながら入り口を挟んだショウウィンドウを覗くとそこには先程とは違い比較的安いペアリングが並んでいた。
「わぁ♪これ可愛いのっ♪」
一際目立つように真ん中に置かれたペアリングは大小の二つが並んでいてワンポイントに半分になったハートが飾られていた。
二つ並ぶと一つのハートになる淡くピンクに光るゴールドのリングだった。
隣にお揃いのネックレスも飾りつけられていてより一層可愛さをアピールしていた。
「ネックレスだったら目立たないから着けててもバレないかな?」
そんな事を考えながらディスプレイを見つめているとふと見覚えのある顔がガラスに小さく映った。
振り返って確認してみるとプロデューサーが反対側の道を歩いていた。
「ぁ!ハ…ニー」
声を掛けようとして途中で口をつぐんでしまう。
プロデューサーの隣には一人の女の子が親しげな笑顔を彼に向けていた。
年の頃から言って20才前後の女の子だった。
「…だ、れ?」
少なくとも美希の知ってる人間ではなかった。
なにか買い物をした後なのかプロデューサー腕には大きな袋が幾つもぶら下がっていた。
美希の胸に嫌な思いが駆け巡った。
心なしかプロデューサーの顔は自分と居る時よりも楽しげに微笑んでいる様な気がした。
(誰…だれ…ダレなの…?)
美希は胸のざわめきを押さえる事が出来ずに走り出していた。
(ハニー…なんか楽しそうだった…ううん、ミキ信じてるもん!…でも…)
走り疲れて肩で息をしてても先程の光景が頭から離れることはなかった。
「明日…明日聞いてみよう。きっと大丈夫だよね?」
そう自分に言い聞かせながらその日は家路に着いた。
翌日の夕方
撮影を控えた二人にプロデューサーが駆け寄ってきた。
「衣装はOKだな。少し撮影に変更があって後で編集を出来るように全パートを一人ずつやってもらうことにしたよ」
「なるほど、何所を使うかは後で決めるわけですね。二人のパートは?」
「そこは、部分的に決まってるからそこだけ撮る。そこまでの時間は流石に無さそうだからね」
「わかりました」
そう千早は答えたが美希はまだ集合してから一度も口を開いてなかった。
「大丈夫か?美希?」
心配そうに顔を覗き込むプロデューサーに出来る限りの笑顔で美希は答えた。
「う、うん。平気なの…今、雰囲気作ってるの…」
苦々しい言い訳を綴ってその場を凌いだ。
いざ撮影が始まると順調に歌詞を表現していく千早に対して美希は演技に全く心が入らなかった。
「カットカット!ちょっと休憩入れましょう」
監督から溜息交じりの声が掛かる。
その声とほぼ同時にプロデューサーが美希に駆け寄ってコートを羽織らせる。
「どうしたんだ?美希。心此処に在らずって感じだけど…何かあったのか?」
心配そうに様子を伺うプロデューサーの言葉に美希は思い詰めた様に口を開いた。
「ね、ハニー。話したい…。二人きりで」
それだけ告げると美希はトボトボと歩き出した。
「ちょ、ちょっと美希?」
少し離れた場所にいる千早に手刀を切ってこの場を離れる事を伝えるとプロデューサーも美希を追いかけていった。
「話しって、何だ?」
「ハニー、ミキの目を見て」
そう言うと美希は今日初めてプロデューサーの顔を見上げた。
美希のクリッとした大きな瞳は心なしか少し潤んでいる様にも見えた。
「ど、どうしたんだ?」
「昨日の夜、ここで女の子と歩いてたよね?」
「美希…?」
唐突な質問にプロデューサー驚きを隠せなかった。
「あの子、誰なの?ミキの知らない子だよ…」
美希の目は何時もの様に好奇心に満ちた物ではなく、どこか寂しげにプロデューサーを見つめていた。
「なんで…それを?」
「ミキが聞いてるのっ!」
美希の瞳が涙で滲んでいる事がプロデューサーの目にも確認できた。
「あれはっ!…別に美希が気にする様な子じゃないよ」
美希の剣幕に反射的に強く言いそうになったプロデューサーだったが思い留まったのが災いして余計言い訳じみた言葉が出てしまった。
「答えられない様な事なら…もういいの…」
震える声でそう呟くと美希は涙を乱暴に拭った。
「…美希」
「撮影に戻る…今ならきっと良い演技出来るよ…」
力なく歩いて行く美希をプロデューサーは見送る事しか出来なかった。
雲行きが怪しかったのも考慮して撮影を再開する様、プロデューサーはお願いした。
淡い緑色のワンピースに黒のロングの手袋、黒のニーハイ、手に小さなバラの花束を持って美希が歩いていく。
嬉しそうに微笑みながらショウウィンドーを眺めていた美希が何かを見つけて慌てて振り返る。
設定の上ではここで美希や千早は女の子と歩く彼を見つける事になるが今はカメラが回っている。
カメラマンの後ろで様子を伺っていたプロデューサーは慎重に美希の様子を見守っていた。
美希に異変が起きる事はこの時プロデューサーも予想していなかった。
類稀な表現力を持つ美希だったが今まで大きく脚本を変える事は無かったのに初めてアドリブを入れたのだった。
美希は手に持っていた花束を力無く落とすとそのまま静かにカメラではなくプロデューサーを見つめていた。
脚本との違いにプロデューサーは少し焦ったが撮影中の為、出かかった声を押し殺して見守っていた。
ポタポタと降りだしていた小雨は美希が大きく瞬きすると急に強さを増して美希の跳っ気のある髪を一瞬にして寝かしつけた。
「あ…」
(今…泣いてた、のか…?)
雨で水浸しになってしまった所為でそれを確認する事は出来なかった。
「カットォッ!OK!撤収!」
監督が声をかけるとスタッフが一斉に撤収作業にかかる。
それと同時にプロデューサーは美希のコートを持って駆けて行った。
「美希!」
プロデューサーがコートを掛けようとすると美希はその手を払った。
「いらないの…」
「でも…そのままじゃ風邪ひくし…」
「心配しなくていいの…お仕事はちゃんとするし。今の顔は、ハ…プロデューサーさんに…見て欲しくないから…ほっといて」
美希の言葉にプロデューサーはショックを隠せなかった。
美希は自分の事を『プロデューサーさん』と言い直したのだ。
それ以上は何もすることは出来なかった。
二人して立ち尽くしているのを見かねた千早がプロデューサーからコートを奪い美希に被せる。
「プロデューサー、今日はこの辺で。ホテルには二人で戻りますから。美希、行くわよ」
美希の肩を抱いて千早は歩き出した。
プロデューサーはただ呆然と二人を見つめていた。
ホテルに着いた千早はすぐにバスタブにお湯を張った。
その間、美希はずぶ濡れのままベッドに腰掛けたまま動かなかった。
「美希?…もう髪くらい自分で拭きなさい、バスタオル出してあげたのに」
そう言いながらも千早は美希の髪を拭いてあげていた。
「…」
「全く…何があったって言うの?あなたがプロデューサーにあんな態度取るなんて…」
「ごめんね…千早さん…うっ…」
俯いたまま肩を震わせている美希を見て千早は小さく溜息を吐いた。
「ふぅ…あんなにプロデューサーの事、信用してたじゃない。美希が信用しないで、誰が信用するというの?」
美希の髪を優しく拭きながら千早は声を掛けた。
「うっ…ひく…ふっ…」
そんな風に優しく千早に言われると余計に涙が溢れてきた。
いつも厳しい千早が本気で心配してくれている…自分とプロデューサーの事を。
「ほら、シャワー浴びてきなさい。お湯もあるからゆっくり浸かってらっしゃい」
「ひく…うん…あり、がと…なの」
そう言い残して美希はバスルームに向かった。
「ふぅ…」
千早が自分の髪を拭いていると急に電話が鳴り出した。
着信はプロデューサーからだった。
「お疲れ様です」
「今日はすまなかった。美希は?」
(全く、この二人は…)と千早は少し呆れていた。
お互いにお互いの事ばかり考えているのに、些細な事ですれ違っていて…
「今、シャワー浴びてます。そちらは?」
「俺もホテルに帰ってきたよ、とにかくちゃんと帰ってこられたのなら一安心だよ」
「敢えて聞きますけど、美希と何かあったので?」
千早が聞くと丁度シャワーの音が止まり、美希が湯船に浸かる音が聞こえてきた。
「う…ひく…うぅ…ひっく…」
静かになると中から美希の声が聞こえてきた。
「美希…ずっと泣いてますよ」
「…そうか」
「あんまりじゃありませんか?」
「そうだな…。千早には事情を説明しておくよ」
プロデューサーが経緯を話し終えると千早はまた小さく溜息を吐いた。
「なんでちゃんと説明しないんですか…」
「いや、何となく圧倒されちゃって…」
やれやれといった感じで千早が大きな溜息を吐いた。
「これじゃ、美希が余りにも不憫です。どうするおつもりで?」
怒気の混じった声でプロデューサーに聞き返す。
「しばらく…美希と会うのは控えるよ」
「なっ…そんな簡単に言って…」
「簡単じゃないよ」
その言葉をプロデューサーは途中で遮った。
「美希と会えないのは俺だってつらいんだ。それは解ってほしい。」
「では何故?」
「ケジメをつける時間が必要かなってさ。色々引きずって美希と向き合う訳にも行かないだろ」
「全く…解りました、その間どうするので?」
「俺が居られない間は律子を行かせる。既に業務内容は教えて出発したから、もうすぐ着くんじゃないかな?」
コンコン
プロデューサーの説明とほぼ同時にドアがノックされる。
「千早?律子よ!」
「到着したようですね、ではとりあえず電話を切りますね」
「すまないけどしばらく頼む。律子にもよろしく伝えておいてくれ」
「わかりました」
電話を切ると千早はドアを開けた。
「お疲れ様、律子」
「全くよ、私はプロデューサーじゃないのよ!少しは興味あったけど…」
まんざらでもない様子の律子をみて千早はクスリと笑った。
「よろしくね、律子」
「こちらこそ、美希は?」
「バスルームよ。そう言えば声が聞こえないわね」
「まさか!」
青ざめた律子は急いでバスルームに向かった。
「美希!?」
ガチャっとバスルームを開けると美希は湯船に浸かって膝を抱えていた。
「あれ…律子…なんで?」
美希は不思議そうに律子を見つめた。
「美希…」
ずっと泣いていたのか美希の目は真っ赤に染まっていた。
「説明は後、とりあえずもう上がってきなさい」
律子は美希にそう一声かけるとすぐに扉を閉めた。
「ふぅ…重症ね」
腕組をしながら律子が言う。
「プロデューサーも不器用だから」
「ほんとよ。全く…」
律子がブツブツと文句を言いながら落ち着きなくうろちょろしているとバスルームからパジャマに着替えた美希が出てきた。
「大丈夫?」
律子はそう声を掛けながら冷蔵庫からビンに入ったオレンジジュースをコップに明けを美希に渡した。
「うん。…ありがとね。千早さんも…律子…さんも…」
オレンジジュースに一口、口を付けると美希は二人にお礼を言った。
「でも、なんで律子…さんがここにいるの?」
相変わらず律子に『さん』付けをするのが苦手な美希は名前を呼ぶたびにつっかえてしまう。
「しばらくは律子でいいわよ。貴方達のプロデューサーに頼まれたの」
「ハニ…プロデューサーさんが…なんで?」
名前をいちいちつっかえる美希に律子は心底呆れていた。
「無理しないで『ハニー』って呼べば良いじゃない?理由は解らないわ、急に呼ばれたのよ」
律子は腕組をしながらそう答えた。
「とにかく簡単に明日の説明をしておくわね。明日は…」
淡々と打ち合わせを進める律子の言葉は殆ど美希には届いてなかった。
「雨天時は休暇になるわ。明日の天気予報は雨だったから可能性は高いと思うけど」
「わかったわ。明日はとりあえずお昼の天気次第って事ね?」
「そう言うことよ。じゃあ今日はこれで打ち合わせは終わりね」
そう言うと律子はチラッと美希の様子を伺った。
「はぁ…美希の事はお願いね。私は隣の部屋に居るから何かあったら呼んで頂戴」
律子が出て行った事も気付かずに美希はずっと考え込んでいた。
「美希?」
心配になって千早が声を掛けると美希は我に返った様に目をパチクリさせた。
「あ…何?千早さん」
「私はシャワーを浴びてくるけど、美希はもう寝なさい」
千早が優しく言うと美希は素直に応じた。
千早がシャワーを浴びている間も美希はベッドの中で考え込んでいた。
プロデューサーと一緒に歩いていたのは誰なのか
プロデューサーとはどういう関係なのか
プロデューサーは何故律子を遣したのか
どれもこれも美希自身には答えの出し様が無い事ばかりだった。
プロデューサーに聞けば解るかもしれない。
でもそれは怖かった。
またはぐらかされないか、聞きたくない答えが返って来ないか…
そんな事を考えてる内に長湯をした所為か頭がボーっとしてきてそのまま美希の意識は遠のいていった。