<自分で頼む>
「あ、いえ。自分で頼みますよ」
小鳥はそう言うと店員にウーロン茶を一つ注文した。
程なくして店員がウーロン茶の注がれたグラスを手渡すと小鳥は一口飲み込んだ。
手から伝わるウーロン茶の注がれたひんやりとしたグラス感覚が小鳥の気持ちを落ち着かせてくれた。
(あぁ、恥ずかしかったぁ…)
プロデューサーの手の感触が思い出される。
男性らしく骨ばってはいるが細長い指が女性の指の様にしなやかに伸びていた。
王様ゲームするひと〜!
ソルティードッグ頼んだの誰〜?
時間も経ちアルコールの浸透率が増して一層騒がしくなる周りを他所にプロデューサーは未だに落ち着きを保っている。
ともすれば酔って流されるがままに酔いつぶれてしまいがちな歓迎会の主役が
グラスを置いて指を鼻の前で組んで何やら考え込んでいる様子が伺える。
「プロデューサーさんて酔わないんですね」
小鳥が声を掛けるとプロデューサーは組んでいた指を解き振り向いた。
「そうみたいなんですよね、飲んでるんですけどね。お陰でいつも世話役です」
ははっとプロデューサーは苦笑した。
「何を考えてらしたんですか?」
「あずささんのプロデュースの方針を、練るだけ練って後は時と場合によりますけどね」
「あずささんならきっとトップ目指せますよ、歌もお上手ですし♪」
「そうですね、自分もそう思います」
「いいなぁ、あずささん」
ポツリと漏れた小鳥の言葉にプロデューサーは小首を傾げた。
「何か言いました?」
「あ、いえなんでもないです」
皆の普段よりトーンの高い声が飛び交う中、プロデューサーと小鳥だけは違う世界にいる様な感覚だった。
プロデューサーの雰囲気がそうさせている事に小鳥は気付いていた。
ここだけは穏やかに時間が過ぎている。
そんな気さえする程、プロデューサーは喧騒とは無縁だった。
喋り方、仕草、雰囲気
どれをとっても小鳥の気持ちを穏やかにさせる。
そして胸の奥には暖かな想いが芽吹いていた。
「もう飲めん!もう飲めんぞ〜!」
何処からとも無く社長の嬉しそうな訴えが聞こえてくる。
プロデューサーと小鳥が目をやると社長が酔い潰れて座る事すら出来なくなっている。
「ちょ、ちょっと社長!」
小鳥が呼びかけると社長は何が可笑しいのか高らかに笑い始めた。
「何かね、音無君!ははははははははっ!」
その光景を見た小鳥はやれやれと言った感じで頭を振った。
「はぁ…」
小鳥の重い溜息が落ちる。
「あははっ、社長もすっかり酔い潰れてしまってますね」
隣で見ていたプロデューサーが社長を抱える。
「とりあえず後は他の皆さんに任せて、社長を一旦事務所の仮眠室に連れて行きましょうか」
「はぁ、そうですね」
小鳥と社長を抱えたプロデューサーは事務所に戻ると仮眠室のベッドに社長を寝かせた。
「社長。ここにお水、置いておきますからね」
小鳥は近くのテーブルに水を注いだグラスを置くと仮眠室を後にした。
「仮眠室に寝かせておけば風邪はひかないでしょう。さてと、我々はどうしましょうか?」
プロデューサーが訊ねると小鳥は腕時計に視線を落とした。
「まだ少し時間はありますけど、このまま戻ってもあれなので…私は帰ります」
「そうですか、じゃあ駅まで送りますよ」
プロデューサーと他愛ない会話を交わしながら駅へと向かう。
いつもの寒さに耐えながら数十分は不思議とあっという間に過ぎていった。
「フフフッ、あはははっ♪」
プロデューサーと話していると和んでしまう自分がいが居る事に小鳥は気が付いた。
思い起こせばこれまで同じ様な日々を繰り返していた。
いつもいつもそれなりに楽しく、それなりにつまらない毎日。
仕事の忙しさに追われアイドル達のデビューやライブを素直に喜べない日もあった。
気持ちが張り詰めていた所為か細かな事がいちいち気になったり、ネガティブな方向でしか考えられなかったり…
それでもプロデューサーが来てからと言うものそんな気持ちは徐々に取り除かれていった。
そして今、忘れかけていた笑い方をプロデューサーは取り戻してくれた。
「あ、もう駅に着いちゃった」
「良い所だったのにな」
「フフッ、続き。また今度聞かせてくださいね♪」
「ええ、機会があったら是非」
「送っていただいて有難うございました。おやすみなさい」
小鳥はお礼を述べると小さく手を振った。
「また、週明けに。おやすみなさい」
プロデューサーは軽く手を上げて応えた。
揺られる電車の中、小鳥はの胸中はぽわっと暖かい感情が支配していた。
来週になればまたプロデューサーに会える。
そう思うと口元は自然と緩んで止まなかった。