「なによ、なによ!なによぉーーーーーーーっ!!」
とあるオーディションの帰り道、伊織の癇癪にも似た甲高い声が鳴り響いていた。
「また、負けたじゃない!どーゆーことぉ!?」
周囲の目を気にする事も無くまくし立てる伊織の後ろを3メートル程離れて雪歩とやよいそしてプロデューサーが下を向きながら歩いている。
ディアマインはデビューをしてオーディションを受ける度に負けている。
会場では他のユニット達がディアマインを見かけるとクスクス含み笑いをする程、良くない方面で有名になっていた。
「どいつもこいつも私の魅力に気付けないなんてどうかしてるわっ!」
うさぎのぬいぐるみを抱えている反対の腕を大きく振りながら歩く伊織の傍にやよいと雪歩が歩み寄ってくる。
「伊織ちゃん、あんまり大きな声で喋ると周りの人が…」
辺りの視線を気にしながら言う雪歩の言葉も怒り心頭の伊織には届くはずもなく。
「また次があるよ、伊織ちゃん!」
やよいの前向きな物言いも今の伊織には風が吹いた程度にしか聞こえていなかった。
「う〜っ」
うねり声を上げている伊織に見かねたプロデューサーが声を掛ける。
「まぁまぁ、何もそこまで怒らなくても」
軽い感じで声を掛けるプロデューサーの言葉に伊織は返事をしなかった。
「…」
「高槻さんが言ってる様にまた次があるからさ」
プロデューサーの言葉に伊織はピタリと立ち止まった。
「あんたも、あんたよ!」
睨みつける様に見上げた伊織の視線にプロデューサーは肝を冷やした。
「あんな指示でオーディションに勝てると思ってる訳!?」
すごむ伊織の剣幕にプロデューサーは自然に一歩後ろに下がってしまった。
「それは、そうかもしれないけど…」
「大体あんた何も分かってないわっ!て言うか最初から最後まであんたの責任よっ!」
伊織は言い切った。
「ち、ちょっと…」
「なに?言い返せるの!?」
腰に手を当てて顔を覗きこむ伊織の言葉は単純であり、無責任な言い方ではあったが至極もっともな言い分だった。
「う…それは―」
口ごもるプロデューサーの表情を見て伊織の表情が嘘の様に和らいだ。
「っ!?」
「いおりちゃ―」
雪歩とやよいが気付くも時は既に遅すぎた。
「じゃあプロデューサーを代えてもらうわね♪あんたとは合わないみたいだし♪異論は無いわねっ?」
満面の笑顔からプロデューサーに対しての死刑宣告がなされる。
「あぁ…」
「雪歩さん!」
雪歩が倒れそうになるのをやよいが寸での所で受け止めた。
数時間後
「えぇぇぇぇぇっ!?」
今度は事務所内に小鳥の声が鳴り響いた。
「それ、ほんとなの…?雪歩ちゃん…」
雪歩からの電話ではっきりと事実確認をしたものの敢えて小鳥は聞きなおした。
「本当ですぅ〜」
受話器の向こうからは雪歩の泣きそうな声が聞こえてくる。
「はぁ、分かったわ。とりあえず社長には報告しておくわね…」
微かな雪歩の返事を聞き終えてから小鳥は静かに受話器を置いた。
「…」
「…」
「社長、どちらに行かれるんですか?」
「ひぃっ!」
振り向きもせずに話し出した小鳥の言葉に社長は思わず悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっとその会議に―」
「さっき終わりました」
「では、今後の春香君の方針を―」
「もう帰りました」
「なら、律子君に―」
「社長っ!」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がると小鳥がおもむろに振り向いた。
「いやだっ!聞きたくない!聞きたくないぞー!」
言いながら両耳を塞ぐ社長の手を剥がしながら小鳥は叫んだ。
「なに子供みたいな事言ってるんですかっ!」
「いやだーっ!」
「分かってる癖に往生際が悪いですよっ!」
「音無君も分かるだろう、もう何人目だと思っているのかね?」
「確か、9人目です」
猫の首を摘まむ様に社長の襟を掴みながら小鳥はさらりと答えた。
「そう9人だ!分かるかね、音無君?9人だ!」
社長は引きずられたまま復唱した。
「まだ2ヶ月と経っていないのに9人のプロデューサー達が意気消沈して辞退していってるんだ…」
「確かに…尋常な数ではありませんけど」
「いくら先陣を切ったプロデューサー達が765プロを盛り上げてくれたとは言え代えがそうホイホイと居る訳ではないのだよ…」
半ば泣きそうになりながら現状を憂いている社長を見て小鳥は小さく溜息を吐いた。
「はぁ、それもそうなんですけどね…だからと言ってこのまま伊織ちゃん達にプロデューサー不在のまま活動させる訳にはいかないじゃないですか」
「むぅ…」
小鳥の言葉に社長は返す言葉も無かった。
「すぐにでも就けてあげないと…」
小鳥が腕を組んで考えこむと放された起き上がって社長は襟を正した。
「何か良い手は無いだろうか…」
「あ、そうだ!」
社長が声を掛けると同時に小鳥がポンと手を叩いた。
「例の律子さんと律子さんのプロデューサーさんが発案したプロジェクトの方は如何でしょうか?」
「う、うむ。しかしあれはまだ試験的稼動中のプロジェクトで―」
「他に宛でも?」
「…」
「…」
「ありません…」
社長は項垂れた。
「試験的なら尚更です、もしこれが成功したら良い例になって他の方もやる気が湧くんじゃありませんか?」
上目遣いに見上げた小鳥の言葉は社長にとっては難しい決断であった。
確かに小鳥の言う様に良い例なるかも知れない。
しかし、その逆になってしまった場合は…言わずもがな、社運を賭けたプロジェクト自体の失敗にもなりかねない。
「う〜む、検討はしてみよう…」
「フフッ♪」
小鳥は笑みを隠せなかった。
社長とは長年の付き合いでもある。
検討すると言った時はちゃんとそれを考えてくれている事を小鳥は知っていた。
「何かね?」
先程とは打って変わって弱気な社長の姿は何処にも無かった。
普段おちゃらけながらも一旦仕事モード入るとキリリとした風格漂うダンディズムが社長が社長たる所以でもある。
「いいえ、何でも。お茶入れてきますね♪」
小鳥が足早に給湯室に向かうと社長は独り社長室に戻り電話の受話器を持ち上げた。