<Do-Dai>
麻鈴との別れから半年が経った冬
千早はあれからすぐに調整期間を経てすぐに活動を再開し、今や誰もが認めるトップの座に君臨していた。
Sランクに到達したとの知らせを聞いて千早自身より先に社長が泣いて喜んでいたのはまだ記憶に新しい。
CDを出せばオリコンで1位に名を載せ、ミリオンセラーとなりツアーを組めば何処もチケットは完売、
どんなに広い会場でも埋め尽くされていた。
そんな千早がライブ中にMCで語った、地方で活動している七色の声を持つ少女の話しはファンや業界関係者、
メディアの注目を否応無しにひきつけちょっとした話題になっている。
2月になると東京もいよいよ寒さの極みといった感じで今年は近年稀に見る寒波に見舞われると天気予報は語っていた。
その予想も外れることはなく真っ白で大粒の雪がはらはらと落ちてきて東京の建物は真っ白に染まっていた。
ご多分に漏れず真っ白な帽子をかぶった765新社屋の中で千早はコーヒーを飲んで束の間の休息を満喫していた。
とは言っても優雅に過ごしているのは千早だけで他のメンバーはそれ程でもない。
もちろん、彼女らも低ランクで停滞している訳でもないので仕事で忙しいのは言うまでも無い。
しかし、デビュー出来ていない亜美真美や事務の小鳥さんまでもが忙しいのは他に理由がある。
2月には国民的イベントのバレンタインがある。
事務所には如何わしい箱から可愛らしい小箱まで数多のチョコレートが所属アイドルの認知度分山積みにされる。
千早に関してはそれだけで小さなライブハウス3つ分は埋まってしまう位の量だった。
それに付け加え国民的アイドルの千早の誕生日。
所員はてんやわんやの大騒ぎ、事務所の中はプレゼントや消化しきれなかったチョコが積まれたり崩されたり。
「亜美~助けて…」
「んぇあ!真美!」
「ちょ、真美ちゃん!真美ちゃん、今救助隊を呼んでくるから!って、きゃーーーーっ!」
「ああああっ、ぴよちゃん!真美~どうしよう、ミイラ取りがミニラになっちゃったよー!」
千早の背中の向こう側はまさに地獄絵図と言う名に相応しい光景が繰り広げられていた。
まぁ死ぬ事は無いだろうと千早はコーヒータイムを楽しんでいた。
マグカップに添えた右手には麻鈴から貰ったアーマーリングがちゃんと着けられている。
「助けないのか?」
コーヒーを片手に千早の傍に寄ってきた冬馬はその地獄絵図を眺めながらそう声を掛けた。
「微笑ましい光景ですから、これくらいのが賑やかで良いかと」
そう千早は意地悪な笑みを零した。
「ふむ、誰の影響かは知らんが前に比べて表情が豊かになったな」
冬馬はそう言いながら持っていたマグカップを千早に渡すと亜美が居る方に歩いていった。
慌てふためいている亜美の頭をポンポンと優しく叩いて少し考えている。
冬馬は微かに荷物の中から聞こえる二人の声を聞いておもむろに両腕を突っ込むとズボッと二人を引きずり出した。
その反動でバラバラとまた荷物が幾つか崩れた。
「ありがとう、兄ちゃん!」
「助かりました~…」
「いえ。ん、それは?」
冬馬は真美が手にしていたビニールに包まれた可愛らしい小箱を一目見て尋ねた。
「千早お姉ちゃんのプレゼント!可愛いから取ろうとしたら崩れたんだよー」
そう言って真美はずいっとその子箱を冬馬の目の前に差し出した。
しげしげと冬馬はそのプレゼントを見つめて手に取った。
「貰っていいかい?」
「うん!千早おねえちゃんのだからいいよー!包み紙は綺麗に取って頂戴ね!」
「いいよ」
冬馬はその場で包み紙を綺麗に剥がすと真美に手渡した。
「ぅわーい♪」
喜んで走り回る亜美真美を後ろに冬馬は千早の元に戻ってきた。
「なんですか?それ」
千早がマグカップを渡しがてら尋ねると冬馬は受け取る代わりにその箱を千早に手渡した。
「面白い、プレゼントだな」
「?」
千早がダンボールを明けてみると便箋とDVDが入っていた。
「麻鈴?」
DVDのジャケットにはキャッチコピー通りに7色の単色で麻鈴の顔が描かれていた。
次いで便箋を開けると麻鈴らしい丸っこい文字で綴られていた。
前略
千早様
麻鈴だよ、千早お久しぶり♪
あと、誕生日とSランクおめでとー!
この間テレビ見てたら千早が出てたからびっくりしちゃったよ。
Sランクに到達したって聞いてまたびっくり!!
麻鈴があの丘で会った女の子がSランクだなんてちょっと信じられないけど
千早ならナットクって感じかな♪
同じ歌手の仲間として麻鈴は千早の事、誇りに思ってるよ。
麻鈴のプロデューサーもすごいすごいって褒めてたよ♪
あっと、話しがずれちゃったかも…。
千早と別れた後も麻鈴はちゃんと頑張ってるよ、今も練習が終わって
丘の木に寄りかかってこれを書いてるんだ。
麻鈴もちゃんと頑張ってるのを千早に見てもらいたい。
誕生日プレゼントって感じじゃないけど麻鈴のDVD送ります。
千早の誕生日にはまだ発売してないレアものだよ(笑)
麻鈴、頑張って絶対そっちに会いに行くから待っててね!
千早も他の子に追いつかれない様に頑張ってね!
麻鈴が千早に一番に追いつくからね!
じゃあ、今度会うときは東京でね♪
P・S 早く千早に会いたいな♪
※文字化けしてしまう人用
前略
千早様
麻鈴だよ、千早お久しぶり♪
あと、誕生日とSランクおめでとー!
この間テレビ見てたら千早が出てたからびっくりしちゃったよ。
Sランクに到達したって聞いてまたびっくり!!
麻鈴があの丘で会った女の子がSランクだなんてちょっと信じられないけど
千早ならナットクって感じかな♪
同じ歌手の仲間として麻鈴は千早の事、誇りに思ってるよ。
麻鈴のプロデューサーもすごいすごいって褒めてたよ♪
あっと、話しがずれちゃったかも…。
千早と別れた後も麻鈴はちゃんと頑張ってるよ、今も練習が終わって
丘の木に寄りかかってこれを書いてるんだ。
麻鈴もちゃんと頑張ってるのを千早に見てもらいたい。
誕生日プレゼントって感じじゃないけど麻鈴のDVD送ります。
千早の誕生日にはまだ発売してないレアものだよ(笑)
麻鈴、頑張って絶対そっちに会いに行くから待っててね!
千早も他の子に追いつかれない様に頑張ってね!
麻鈴が千早に一番に追いつくからね!
じゃあ、今度会うときは東京でね♪
P・S 早く千早に会いたいな♪
2枚に渡ってそう綴られた便箋を千早は元通りに綺麗に閉じた。
「プロデューサー、DVDデッキは?」
千早が尋ねると冬馬はコーヒーを飲みながらミーティングルームを指差した。
「空いているので?」
「空いてるよ」
「じゃあ、ちょっと見てきます」
ミーティングルームでDVDを再生すると麻鈴のライヴの様子が映し出された。
「おはようございます♪」
と入場前にバンから降りて来た麻鈴がカメラに手を振っている。
バンドのメンバーがカメラに何かしらのアピールをしながら準備をしている様子が映っている。
麻鈴のバンドはギター、キーボード、ベース、ドラムが主な構成で面白い事にギター以外は全て女性だった。
ステージが明るく映し出されると音楽が流れ歓声と共に麻鈴が飛び出してくる。
キラキラと光る黒いレザーで出来た右だけ半袖のベスト、左腕にはアームウォーマー、同じ素材のパンツと厚底のブーツ。
亜麻色の髪は左右でピョンと跳ねさせて、大きなサンバイザーはマジックミラーの様な素材で鼻の上まで隠している。
ダンスナンバーを歌い終えた後は衣装を変えて少しペース抑えたをボーカルナンバー。
「遅い曲を歌うからみんな座って聴いてね♪」
と麻鈴らしい口調で言った傍から声音を変えてのバラード。
それが終わるとまた衣装をゴシックに変えてヴィジュアルナンバー。
少しアップテンポの曲を喜劇の様に楽しそうに軽やかに歌いまた衣装チェンジの為か一旦姿を消した。
「忙しそう」
千早は薄い笑みを零した。
恐らく7色の声音に合わせて7種類の衣装を変えているのだろう。
歌う度に麻鈴は姿を消して、歌のコンセプトに見合った服装で再登場を繰り返す。
聞き手に視覚でも楽しませようと言う思惑が何処かで働いているのだった。
後半になると麻鈴もその場の雰囲気に慣れてきたのか自由に動き回っていた。
千早と一緒に歩き回った時の様なヴィジュアル系の衣装で右に左にと移動してファンへ愛嬌を振り撒いている。
途中ステージ中央に見上げる様に設置されたカメラに気付いた麻鈴はすーっと滑り込んでカメラを覗き込むとニコリと微笑んだ。
「あれ?」
と千早が微妙な音のズレに気付いた時。
間奏中にファンに手を振っていた麻鈴が急に振り返った。
麻鈴が「あれあれ~?」と言う意地悪な顔をギターに向けるとギターの男性は慌てて手を振る。
それを見た麻鈴は今度はベースに駆け寄って「間違えたよねぇ?」と言った感じで聞くとベースは
苦笑いを浮かべてうんうんと頷いた。
麻鈴が再びギターに視線を戻し人差し指を指すとギターの男性はすまなそうに両手を合わせた。
それを見た麻鈴はケタケタと嬉しそうに笑っている。
アクシデントすら麻鈴は楽しみその愛嬌でライブを楽しませる為のスパイスとして利用したのだった。
それを見た千早も思わず「フフフッ」と声が漏れていた。
あれ程、人に対して愛嬌は良いものの恐怖を隠しきれなかった麻鈴が嬉しそうにメンバーと絡んでいる姿は
何処か千早を安心させた。
それだけを見ても麻鈴の頑張っていると言うのは実感出来たし、ステージ全体を見ても楽しませようと言う努力が見て取れる
素晴らしい出来のDVDだった。
DVDを止めて千早はそれをしまうとミーティングルームを後にした。
「どうだった?」
千早の姿を見つけた冬馬がそう声を掛ける。
「素敵なDVDでした。視覚効果までは考えが及びませんでした。私には真似が出来ません」
そう率直に千早は感想を述べた。
冬馬はその感想を聞いてにやりと口端を上げた。
「ほう、千早とは違うジャンルの歌手か。いいライバルになりそうだな」
冬馬が言うと千早はニコリと微笑んだ。
「既にライバルです。手強いですね」
冬馬はククッと小さく笑った。
「なるほど。ならいずれ、相まみえる日もあるだろう。楽しみにしておこう」
と言ってまた笑った。
「それでは少し出かけてきます」
「気をつけてな」
千早は事務所のドアを開けて外に出ると空を見上げた。
ふわふわと大きな雪の粒が静かに降りてきている。
その一つを手の平に受けて千早はフワリと大きく白い息を吐いた。
いつだったか、こんな雪が降る日に千早は悠也に会い行った事を思い出す。
丘の上でこんな雪を見ながら自分を励まし導いてくれた、元プロデューサーは今も何処かで誰かを導いているのだろうか?
だとしたら、きっと彼の事だから夢を実現に向けてひた走っているに違いない。
自分は彼のそんな夢の一端にはなれなかったが、それでも彼の助力無しでは今この立場にいないだろう。
今の千早にとって冬馬も悠也も、そして麻鈴も大きな存在であり決して欠くことが出来ない大事な仲間だった。
千早は髪を真っ白なコンコルドで留め、その上からフードを被り歩き出した。
「やっと着いたか…」
「遠いんだね…東京って」
「旅行だな…ここまで来るのは」
「んだね…ま、いいけどね♪兄さん、行こうよ!」
麻鈴は駅に着いて早々悠也の手を取って歩き出した。
「うわぁ…ビル高いねぇ。全然周りが見えないや」
見るもの全てが真新しい様子で麻鈴は視線をあちこちに移していた。
「ここらへんは変わらないな、人も多いし」
「そうなのかぁ、大変なんだねぇ。都会って」
「さて、ちょっと急ぐぞ」
悠也はそう言って小走りに走り出した。
「んえ、ちょっとまってよー」
続いて麻鈴も走り出す。
しばらく走っていると大きな交差点が姿を現した。
シグナルは既に点滅している。
「急げ、麻鈴!」
「はーい♪」
急いで渡りきろうと二人が速度を上げた。
フワフワと息遣いに合わせて二人の息が白く舞い上がる。
麻鈴が軽やかに向かってくる人をピョンピョンと跳ねる様に避けている。
その度にギュグッと厚底のブーツが雪を軋ませる。
前方から来た黒のダウンを着た女性を最後に避けて交差点を渡り切った時。
「あれ?」
と麻鈴が声を上げて悠也を見ると悠也は肩で息をしながら今渡ったばかりの交差点の先を見つめていた。
麻鈴が八重歯を見せてクスッと微笑むと悠也は満足そうに眺めていた。
その視線の先には綺麗な長髪を揺らし威風堂々としなやかに歩く女性の後姿だけが映し出されていた。
数多のオーディションを勝ち抜き
良き仲間に支えられ
トップアイドルと言う真っ白な絨毯の上を行く、歌姫の姿が