<一ノ瀬くんの名前を叫んでいた>

「一ノ瀬くんっ!」

私が叫ぶと再び腹部に激痛が走った。

「静かにしてろって言ったのに。一ノ瀬って奴は来ないぜ?」

男がうずくまって咳き込んでいる私の髪を引っ張り上げて顔を近づける。

「ぐっ…」

「今頃他の女とお楽しみ中だろーよ、なんせ一ノ瀬が仕込んでんだからな。ククククッ」

「う…そよ、いち…せくんは…そっな…人じゃない…」

「まぁ信じるかどうかは勝手だけどな」

そう言って今度は掴んでいた手を乱暴に振り下ろした。

「さて、どうやっていたぶろうかねぇ」

「一ノ瀬くん…一ノ瀬くん!」

二度も腹部を殴られた所為か、上手く声が出なかった。

「しつこいねぇ、一ノ瀬が俺たちを寄越したって言ってんだろ?」

「悪いけどお前達みたいな奴らは知らないな」

「え?」

ふと声のした方を見上げると見覚えのある眼鏡が月明かりに微かに反射していた。

「通りかかったらいきなり絡まれるわ、変なのに名前呼ばれるわ。ついてないな、最近…」

「お前、どうやって…」

「あーぁ、折角仲良くなれたと思ったのに…ブツブツ」

「人の話し聞いてんのかっ?」

「で、お前らは何?奥に見えるのは女の子みたいだけど、女の子いじめて恥ずかしくないの?」

暗い所為で見えてないのか彼は私に気付かなかった。

「一…瀬くっ!」

私は今出せる精一杯の声で彼の名前を呼んだ。

「え?葛木?お前、その声…。お前ら、葛木に何をした?」

彼の声が殺気立つのが聞き取れた。

ゾクリと寒気がする。

初めて聞く一ノ瀬くんの声はいつもとは逆に冷たく細かった。

殴り掛かった男が大きな円を描くとドスンと言う音と共に一瞬の内に動けなくなっていた。

「葛木を殴ったのはそっち?」

「だったらどうした?」

「…葛木、悪い。ちょっと目瞑っててな」

彼が少しだけいつもの調子でそう言った。

私は言われたとおりにキュッと目を瞑る。

さっきと同じ様な音がしたかと思うと今度は男の悲鳴が聞こえてきた。

「ぎっ…あ」

「右利きかぁ、この腕で葛木の事何回殴った?」

「何でそんな事、いっ!」

「折られたくなかったら答えてもらおうかな?」

「やめっ!に、二回ですっ!」

「そっか」

「すいませんでした!」

「謝るのは俺にじゃなくて葛木にでしょ?」

「すいませんでしたっ!葛木さん!」

「素直に謝れるんだな。葛木、耳も塞いでくれる?」

言われた通りに耳を塞ぐ。

「ちゃんと謝れたから折らないでおこう」

「はぁ、良か―」

「はずすけど」

ゴキュ

ぎあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

手をすり抜けて男の断末魔が聞こえてきた。

「葛木立てるか?」

肩を軽く揺さぶられて私は目を開けた。

そこには倒れて動けなくなった二人組みの男が横たわっていた。

「あの…」

「歩けそう?」

「う、うん…」

殴られた所が痛むけど肩を借りなければ歩けない程じゃない。

「とりあえずここから離れよう、家まで送るよ」

「ありがとう…」

それから途中休み休みで私達は私の家の近くの公園に辿り着いた。

一ノ瀬くんが曲がる道はとうに過ぎてしまっている。

「家はすぐ近く?」

「うん」

「それなら安心だな」

そう言って彼は私の座っているベンチの隣に腰掛けた。

「うん…一ノ瀬くん、ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」

私がそう言うと彼はいつかの様に私の頭にポンポンと手を置いた。

前は気付かなかったけどこの歳にもなって撫でられるのは恥ずかしいのに不思議と彼の場合嫌じゃない。

「葛木、こう言う時は謝らなくていいんだぞ?二人とも無事な訳だし」

「でも…」

「あぁ、でも葛木は無事じゃないか…じゃあいいのかな…?」

「くふっ、なにそれ」

「よくわからないな…ちょっと格好つけたつもりなんだけど」

「そう、じゃあ…。ありがとう」

「まぁ、何かあったら頼ってくれて構わないからな…」

「うん、そうする」

しばらく彼に寄りかかって休んだ私は彼と一緒に家の前に着いた。

「ここが桂木の家かぁ」

「寄ってく?」

「え!?寄ってくって、おま…」

「お礼もしたいし、お茶だすよ」

「あ、あぁそうだよな…いや、葛木も大変だからすぐに休んだ方がいいよ」

「うん、じゃあお言葉に甘えてそうする。ありがとうね」

「それじゃあな」

「あ、一ノ瀬くん!」

呼び止めると彼はクルリと振り返った。

ドクンと胸が高鳴った。

「ん?」

「あ、あの…。また、明日学校でね!」

何でこんなにドキドキしてるのか解らない。

さっきまであんなに近くに居たのに。

くっ付いてたのに…。

「おぅ、無理するなよ!」


下校の途中

俺と亜莉子はいつもの様に家路についていた。

「亜莉子はどっか行きたいとことかある?」

今度の終末に行く場所を亜莉子に尋ねてみた。

何せ記念すべき初デートの場所になるのだから変な場所を選ばれたらちょっといやかも…。

「私、ミステリーランド行きたい!」

地元民は小学、中学と毎年の様に遠足で行かされる場所だ。

「は?ありきたりじゃん」

「一ノ瀬くんにはありきたりでも私は行った事ないもん!」

そう言えば亜莉子は引っ越してまだ間もなかったっけ。

「なんもないぞ…」

「ミステリーランドがあるよ!」

ここはどうにか話しをごまかして…。

「うぅ…あ、そうだ!亜莉子はあだ名とかないの?」

「話しすりかえる気?」

プックリと亜莉子は頬を膨らました。

「いや、それ話しはまた後で聞こう…」

「一ノ瀬くんはなんて呼ばれてたの?」

「いっちーとか…」

「くっ…くっくっ、あはははははは。カワイー私もそう呼ぼう♪」

くっ、言わなきゃ良かった…俺はこれからそう呼ばれるのが決定した瞬間。

「あ、亜莉子は?」

「私?私は…」

フッと目を細める。

いつも何かを思い出すと亜莉子は決まってこの表情をする。

懐かしむ様な、寂しいような

「アリスって呼ばれてた事があるかな?」

亜莉子がこの表情をする時は少し調子が狂う。

軽口はいくらか言える様になったけど。

初めて言った時は「そうね」ってあっさり言われたっけ…。

「…メルヘンだな」

「くふっ、そうね」

「じゃあ俺もそうやって呼ぼうかなぁ」

「いいわよ、私は。それよりミステリーランドじゃダメなの?」

「えぇ…」

「初デートはミステリーランドがいいなぁ♪」

付き合い始めてから俺は亜莉子の色んな所を見る事になった。

学校で話してた時、下校途中で話してた時とは比べ物にならないほどの

笑顔、むくれっ面、寂しげな目、穏やかに笑う口元、子供みたいな仕草

そして今みたいな上目遣いが俺は一番可愛くて好きだった。

俺だけに見せてくれる表情だと思うと飛び跳ねたくなる位嬉しい。

だからそんな気持ちを隠すように少しおどけてみせた。

俺は立ち止まって右手を上げと下げると同時に頭を下げた。

中世の騎士の様に











「俺のアリス、きみが望むなら」

ED3「穏やかな日常」

 SS寄り あとがき